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THE GOLF FUNDAMENTALS
-  ゴルフ経営原論  第二部 ビジネスマネジメント  -
第二章 フィナンシャルマネジメント
Section 1 コストコントロール

フィナンシャルマネジメントにおけるコストコントロールとは単に費用削減のことを言うのではない。先にも触れたように人によらず施設によらず存続するだけでコストを伴う。特にコースのような自然の中に建設された大規模施設は人の手を中心とした管理コストがかかる。コストパフォーマンスを考えてコストコントロールしないとコストは際限なくかかり、さりとて必要最小限のコストをかけないと、自然環境に造られた施設は際限なく荒れる。コースは3ヶ月放置すれば元の自然に戻ってしまう厳しい存在なのである。
フィナンシャルマネジメントにとって大切なことは、最適コストパフォーマンスを把握して常に費用効果を適切にコントロールすることである。簡単に言えば費用の掛け過ぎや、掛けなさ過ぎをコントロールすることで、具体的には年間3千万の管理予算の範囲で最適管理を実行することである。更に求めるならば、2千5百万円の実行予算で従来以上の管理状態を実現することである。
このようにコストコントロールとは単なるコストカットのことではなく、より少ないコストをもってより高い品質を追及することで、結局はコストパフォーマンスの追及を意味する。コストコントロールは常により高い付加価値を追及する行為であり、新たな価値を創造する行為でもあるから、与えられた予算を消化する請負作業や日当仕事とは根本的に意識が違う。そこには常に飽くことなく高い次元を目指すプロフェッショナルの意識が存在する。

コスト三分割概念

コストを給与経費・一般経費・資本経費に三分割し標準予算を設定して経費バランスをコントロールする概念がある。給与経費とは正社員・契約社員を含め毎月定額給与として支払われる給与や賞与のことで、通常人件費といわれるコストのことを指す。一般経費とは水道光熱費、固定資産税、地代家賃、通信連絡費、臨時給与、一般諸経費など給与以外の経費を指す。三番目の資本経費はフィナンシャルマネジメントの中でも特に大切な概念で、企業や事業が健全に維持発展するための必須要件である。
企業によらず事業によらず、一定の資産や資本をもって経済活動が行われる。練習場コースの場合ならば数億円を投じて必要な施設が建設され、その施設をもって経営は継続されている。オーナーは一旦投下資本を回収し、施設を維持改修するために必要な新たな資金を準備しておかなければならない。通常は減価償却手当、修繕手当、資本剰余金などの名目で内部留保されているが、経営が思わしくない場合には給与経費と一般経費を支払うのに精一杯の状態に陥り、資本経費に配分する余裕がなくなる。この状態を自転車操業とか臨界経営といい、フィナンシャルマネジメントにおいてはキャッシュフロー管理と平行して常に資本経費に対する管理を怠らないよう注意しなければならない。
給与経費と一般経費は現金による月払い経費のため常に支払いに追われるが、資本経費は一定期間の間、現金支出を伴わない勘定経費であるためについ後回しになる場合が多い。緊急性と重要性を縦軸と横軸のマトリックスで表わしたとき、給与経費と一般経費は緊急性が高いものの重要性においては余り高くない費用も多く含まれている。ところが資本経費の場合、緊急性は全くないにも拘らず重要性は極めて高い。例えば天災や震災に見舞われたとき、充分な資本経費が充当されていれば直ちに修復工事を行って事業再開できるが、資本ストックがなければ保険金や支援金の支払が実行されるまで再開することができない。また施設が老朽化し時代感覚に合わなくなったとき銀行借入に依存しなくても、いち早くリニューアルして競争優位の地位を保つことができる。
フィナンシャルマネジメントにおいては、給与経費と一般経費のうちコストパフォーマンスの低い経費を削減して資本経費に配分する努力を怠ってはならない。トヨタが実行した「一歩一秒一円のコストコントロール」は世界的に有名であるが、総経費の三分の一を資本経費に配分するには、給与経費と一般経費に対して相当厳しいコストコントロールを実行しなければコスト三分割概念は成立しない。

給与経費

日本のコース経営においては総経費のうち給与経費が占める割合は50%を越えている。給与経費率が高い原因はいくつかあるが、ゴルフ場開発の時点で地元や地権者に対して雇用確保を約束した経緯がある。正社員の大半は地元関係者や地権者親族である場合が多いために、労働組合以上に経営権を脅かす力をもっている。この種の社員の労働意欲やモチベーションは低く、経営改善やコストパフォーマンスの追及に積極的な者は少ない。コース経営の現場が役所以上に役所的になった理由はこの職場環境によるところが大きい。
もうひとつの原因はトップマネジメントの不勉強である。NGFの資料によれば米国における商業パブリックコースの経営は、年間入場者3万人×料金3千円で成り立っているから、コスト三分割概念によれば給与経費は年間3千万円前後に相当する。公営パブリックコースはもっと少ない予算で実行されている。
完全会員制のプライベートコースは平均年会費40万円×会員数400名で賄われているから、給与経費は年間5千万円前後に相当する。もちろん高級プライベートコースはコース改造や豪華クラブハウスを維持するため、会員に多額の負担を求めるから資本経費の比率は相当高くなるだろう。
日本のコース経営の給与経費は国際標準に照らして異常に高いことに驚くが、ドメスティックスタンダードがそのままディファクトスタンダードになり、誰もそれが異常と思わなくなっている点が更に異常なのである。米国豪州カナダの公営パブリックコースの給与経費は3千万円前後であるが、日本の公営パブリックコースの給与経費は3億円近い。その高額経費を負担しているのは実は私たち一般ゴルファーであることも忘れてはならない点である。

一般経費

コース経営の一般経費で最も比重が重いのは固定資産税及び地代である。広大な土地を利用した施設だけに仕方がない面もあるが、30万坪前後の自然スポーツ施設に対して宅地並み課税する行政当局の感覚も異常である。更に会員権募集のために建設された利用価値の低い豪華クラブハウスの固定資産税もコストパフォーマンスの低さにおいて異常である。豪華クラブハウスは水道光熱費や維持費がかかり、ひとつひとつが一般経費となって損益分岐点を押し上げるが、どれもコストパフォーマンスは低い。
通常コストコントロールを実施するに当たって最も手をつけ易いのは一般経費であるが、その一般経費ですら相当のマネジメント意識がなければコントロールするに至らない。経費とは不思議なもので、必要性やパフォーマンスに係わりなく増え続け、一旦増えたものは容易に減らない性格をもっている。コストコントロールの意義と重要性はこの辺りにもあるが、民間企業だけでなく公共事業や行政機関においても、コスト逓増の原則が当てはまり、時々大胆な事業仕分けや行政改革を行わないと財政赤字や財政破綻を招く恐れがある。民間企業におけるフィナンシャルマネジメントの重要性は、資金不足という簡単な理由によって100年の経営努力も一瞬にして経営破綻に転落する危険性によって証明される。
一般経費を削減またはコントロールするには、予算という形で数値目標を掲げなければマネジメントすることはできない。固定資産税及び地代は一方的に数値目標を掲げたところで相手が納得しないし、水道光熱費や広告宣伝費は明確な数値を掲げることによってやっと20%程度のコントロールが可能とされる。
コース経営にとって大きな課題はコース管理費である。日本のコース管理費は国際標準を大きく上回っているから、コストコントロールするに当たって標準コストを設定することから始めなければならない。標準コストは薬剤肥料の標準使用量及び標準価格と作業に要する標準時間コストの割出しから算出しなければならないが、相当の専門知識を必要とすることは否めない。米国ではゴルフスーパーインテンダントやPGAプロフェッショナルといわれる職業専門家が担当するが、日本にこの種の専門家は少ない。
フィナンシャルマネジメントの目的は標準金額を設定することによって経営資源の最適利用と最適コストパフォーマンスを追及することにある。経営資源は無制限に利用できるものでもなければ、コストも無制限に掛けられるものではない。常に一定の制約の中で、可能な限りパフォーマンスを引き出さなければならない使命を負っている。そこにコストコントロールやマネジメントの役割が存在する。

資本経費

資本経費の概念は理解しにくいが、コースをひとつの有機体として捉え、長期にわたって健全に存続するために必要な経費として計上する概念で捉えると理解できる。つまりゴルフコースは自然の中に労働と資本を投入して造られた施設だから、ヒトとカネによってできたモノとも考えられる。コスト三分割概念からすれば経営三資源のヒト・モノ・カネのうち、モノに対する配分を適性にマネジメントすることをいう。
NGFの統計によれば米国のコース建設標準コストは7億円であるが、日本のコースは30億円とも70億円ともいわれ良く分からない。つまり、いくら掛かったかというと70億円であり、いくらでできるかというと30億円であり、いくらで買えるかというと5億円なのである。資本経費の概念で大切なことは、いくら計上すれば将来にわたって現状以上の状態で維持することができるかという捉え方である。「ゴルフコースは生き物である」という人もいれば「ゴルフコースは大地に刻んだ造形物」という人もいる。「ゴルフコースは人類の将来遺産」という人もいるが、いずれの考えによってもゴルフコースを将来にわたって良い状態に維持しようとすれば、それ相応のコストが掛かる。この将来コストを事前に見積もって資本経費という概念で捉える必要がある。
世界の名門コースといわれるコースは、この資本経費の概念によって維持されてきたからこそ歴史と伝統を守ることができた。セントアンドリュウスのようなパブリックコースは市の財源によって、オーガスタ・ナショナルのようなプライベートコースはメンバーの負担によって維持されてきた。ならば一般の商業コースや会員コースは独自のフィナンシャルマネジメントによって維持されなければならない。独立採算の定義に従えば自助努力によって維持され続けなければならないが、多くのコースは自助努力も自覚もない。コース建設のために出資された預託金が経営者の道楽や投資に使われたケースや資本経費として留保されるべき利益剰余金が親会社の資金繰りに使われたケースなど実にさまざまだ。
ゴルフコースはそれぞれ固有の名称を持ち一個の人格を有する有機体である。地域の社会施設でもありコミュニティでもある。確かなフィナンシャルマネジメントに従って健全に維持され、50年100年の歳月を経過したときに地域遺産として残る。神社仏閣や名所遺跡が地域の人々によって維持されてきたように、ゴルフコースも地域の人々によって利用され大切にされてこそ地域の文化施設やスポーツ施設として後世に残されるだろう。そのためには資本経費の適性配分と内部留保の資産計上が絶対に必要である。

コストコントロールの問題点

コストコントロールの重要性と必要性は誰もが認めることであるが、実際に実行しようとなると、いろいろな問題点が見つかる。ちょうど禁煙の重要性や必要性は誰もが認めながら、禁煙どころか節煙すら実行できないのに似ている。
まず最初になぜコストコントロールをしなければならないのか共通認識を持つことが難しい。コストには全て必要性があるから存在するという担当部門の潜在意識がある。作業現場からみれば豪華な役員室、特設秘書、送迎者、接待費、高額報酬こそコストコントロールの対象であり、経営トップからみれば有給休暇、退職金、育児手当、育児室、福利施設こそコストコントロールの対象となる。営業部門からみれば管理部門が、管理部門からみれば営業部門がコストコントロールの対象に映る。資本経費に計上する予算があるならもっと給与経費を増やせという考えも、給与経費が増えるならリストラして資本形成を進めろという考えも、言い分としては正当性がある。いずれも双方にとってお互いが二律背反のパラドックス関係にあることが問題点で、お互いをWin-Winの相互依存関係に置くことも大切である。(参考文献:スティーブン・コビー『七つの習慣』)
さらに大切なことは全体と個人の利害が一致することである。例えば役員経費は役員報酬に含めることにすれば、特設秘書も送迎車も要らないことになるだろうし、コストコントロールの成果の半分を給与報酬に還元すれば、現場から自発的にコストコントロールが進むだろう。人は利害に聡いから個人のためなら相当の犠牲も負えるが、全体のためには必要を認めても犠牲を負わない。コントロールとは制御と促進を使い分けることも意味する。

損益分岐点管理

コストを固定費と変動費に分けて限界損益を把握する概念がある。いわゆる損益分岐点概念であるが、昔からある分かりやすい概念にもかかわらず実際に利用されているケースは少ない。特にコース練習場など典型的な施設産業では損益分岐点を把握しておくことは極めて重要と思われるが、実際の現場では殆んど理解も認識もされていない。
『ゴルフ経営原論 第一部 第四章 Section 6』で詳しく書いたとおり、コース練習場の経費では固定費が占める割合が高い。給与経費も殆んど正社員の固定給与であり臨時アルバイトやパートタイマーの給与は少ない。一般経費においても固定資産税及び地代や芝草管理に要する水道燃料代など極めて固定性の高い経費が多い。そのために高い損益分岐点を構成しており、一端赤字経営に陥るとたちまち厳しい資金繰りに悩まされることになる。
コース練習場経営においては、できるだけ固定費比率を下げて変動費化することもコストコントロールの重要な課題となる。具体的には固定給与の正社員を減らしてパートタイマーやアルバイトを多くし、外注や請負制を採用することが考えられるが、サービスクオリティを低下させないこともコストパフォーマンスを高める意味で重要である。コストコントロールは経済変動に対する費用の弾力性という意味もあり、損益分岐点管理という概念で対応する必要がある。