- ゴルフ経営原論
- 目 次
- INTRODUCTION
- 第一部 ゴルフビジネス
- 要 綱
- 第一章
マーケティング - 第二章
プロモーション - 第三章
インストラクション - 第四章-1
経営マネジメント - 第四章-2
施設マネジメント - INTRODUCTION
- -1 ターフグラスマネジメントの
基本知識と実践技術 - -2 カスタマーニーズに対応する
コースデザイン概念 - -3 管理者志向から利用者志向
に移行するメンテナンス - -4 プロスタッフによる
作業標準化と標準予算化 - -5 顧客満足度を求める
コースメンテナンスの研究 - -6 コースメンテナンスの
デジタルマネジメント化 - 第五章
ビジネスポリシー - 第二部 ビジネスマネジメント
THE GOLF FUNDAMENTALS
- ゴルフ経営原論 第一部 ゴルフビジネス -
Section 3 管理者志向から利用者志向に移行するメンテナンス
-2 | カスタマーニーズに対応する コースデザイン概念 |
<< | >> | -4 | プロスタッフによる 作業標準化と標準予算化 |
コースに対する神聖なる意識は長らくあったが、いまだにその伝統が受け継がれているクラブと忘れ去られたコースがある。歴史や伝統のあるクラブは高齢者のメンバーが多くコースに対する神聖なる思いが強く残っているが、一般的には単なる競技場となっている。コースに対する神聖なる思いは欧米とりわけプロテスタント社会には見られない日本独特のものに思うが、武道において道場に神棚を祀って神聖化する思想などと相通ずるものがあるのかもしれない。それはそれで日本固有の伝統思想として意義があるが、コースを神聖化する思想が職域を聖域化する原因になり、他者を寄せ付けない体質に繋がる傾向が強い。
聖域化したコース管理部には経営トップも口出しできなくなり、コース使用に関しては全てグリーンキーパーの承諾を得なければならない体制になる。コース管理者はコースの芝草を管理維持することが使命であるから、メンテナンスに関して管理者志向が極めて強く、利用者志向に立ってマネジメントすることができない。利用者あってのコースであり、顧客あってのビジネスであることを忘れた主客転倒型の管理体制は大きな課題になるだろう。
管理者志向とは何か
メンテナンスの行き届いたコースは良いプレーを演出し、プレーヤーを感動させるからメンテナンスこそコースの命である。だからグリーンキーパーやスタッフもコースメンテナンスに命を懸けている。そのこと自体は尊いことであり働く者にとって大切な心構えであるが、利用者あっての管理者である根本原則を忘れがちである。国民不在の政治や住民不在の行政と同じように利用者不在の管理体制は多くが陥り易い誤りであって、経営合理化や経営効率改善の障害になることが多い。
米国・豪州・カナダなど米国型管理体制をとるコースは早朝夜明けと同時にスタートさせるが、日本のコースでは殆んど見かけない。早朝薄暮プレーはゴルファーの夢であって、そのすがすがしさや快適さは一度味わったら忘れられない。日本のコースで早朝薄暮プレーが許されるのはスタッフと研修生だけで一般プレーヤーは許されない。なぜ許されないかといえば管理の邪魔になるからである。つまり管理が優先して利用者は後回しになっている訳で、管理が済んだ後で気持ちよく利用して欲しいという考え方である。最もな考えであるし正当性もあるが、カスタマーニーズに応えるという観点からすると間違っている。
供給過剰の時代にあって需要者は我がままである。自由資本主義社会のバランスは需要と供給の均衡によって保たれるから、供給過剰マーケットにおいては需要者に絶対選択権がある。価格が同じならば需要者の好みで選択され、品質が同じならば供給者の価格で選択される。これを市場競争原理といっている。
管理者志向は職人気質で貴重な存在のようだが、組織にあっては組織を硬直化し社会変動や環境変化に対する対応を遅らせる。そのため組織の硬直化は対応の遅れによって組織の崩壊や企業の倒産を招きかねないので注意を要する。
コースの場合は営業時間の延長、営業システムの変更、料金体系の変更、新規顧客の導入など経営の根幹にかかわる問題に施設管理部門が直接影響してくるために、この部門の柔軟な対応が極めて重要である。管理者志向から利用者志向に転換することはコースメンテナンス以上に経営マネジメントにとって重要な課題になる。
利用者志向とは何か
市場原理の下で消費者は供給者のことを考えないし考える必要もない。消費者は消費者の立場と都合だけで、自由に供給者や供給者が提供するサービス商品を選択することができる。このような体制を自由市場経済という。このようなマーケットにおいて供給者は常の消費者の志向を観察し、消費者の志向に合わせて対応しなければマーケットに存続することはできない。このような考え方に基づくならば、コース管理者は常に利用者の立場に立って利用者志向を観察し対応しなければならないことになる。では利用者志向とはどのようなものか。
利用者は自分が良いスコアが出せるコースは良いコースであり、良いスコアが出なければ評価を下げる。距離が充分あって一回もパーオンしなければ、どんなに評価が高いコースといえども嫌いなコースと決め付ける。またグリーンが難しくてせっかくパーオンしても、ことごとくスリーパット・フォーパットすれば内心二度と来るかと決意を固める。芸術的なホールと謳っても毎回スコアを崩せばデビルホールといって毛嫌いする。ラフを伸ばして難度を高くすれば、一般ゴルファーはボールを無くすから不愉快な思いをする。本格的チャンピオンコースと謳っても、料金が高ければ自分から行こうとしないし人も誘わない。上級者向けのコースを謳っても本当の上級者は僅かしかいないから、結局は初中級者の評価で評判は決まる。景観を誇っても殆んどのゴルファーは景色を見る余裕などない。ゴルフはスポーツといえども、やはり巧くいかなければ疲れるし不愉快な気分に襲われるのは仕方がない。
利用者志向とはこのように誠に自分勝手であり我がままである。その自分勝手や我がままからカスタマーニーズが生まれることを考えるならば、利用者志向の観点は市場経済のマーケットに対する客観的な視点であって、マーケティングの出発点となる。言い換えるならば、利用者志向とはマーケティングの出発点に戻ってマネジメントプランを立て、コースメンテナンスを行うことを意味する。コースの在り方やメンテナンスに対する考え方が根底から変わり、パラダイムの大転換を迫られることは言うまでもない。
このような局面に遭遇したとき、ベテランの経験や常識は多くの場合に障害になることはあっても参考になることが少ないのは悲しい現実である。歴史転回や社会変革の時代に若者の力を必要とするのは、従来の常識や概念を覆して新たなパラダイムを構築するのは未経験の発想によることが多いからである。
コースのマネジメントにとって利用者志向に立つ意味は、ニューカスタマーのニーズに応える姿勢であり、オールドカスタマーと主役交代する舞台演出なのである。オールドカスタマーにとって断腸の思いも、ニューカスタマーにとって大歓迎であるならばトップマネジメントはやがて新たな舞台演出の決断を迫られることになるだろう。
利用者志向の把握
利用者は我がままで勝手である。「お客様は神様」の思想はカスタマーに迎合し続ける結果、とかく経営の主体性を失って経営ポリシーすら曖昧にする恐れがある。市場が縮小し需要が減少する時代にあってはトップマネジメントに焦りが生じ「お客様は神様」の思想が前面に出て、何もかもカスタマーニーズと受け入れてしまう傾向があるが、独自のアイデンティティやパフォーマンスを失ってしまえば、何の特徴もないワンノブゼムに成り下がる危険性がある。
利用者といっても不特定多数の集団であるから、どの利用者の志向を言うのか特定することができない。男性か女性か、高齢者か若年者か、上級者か初中級者か全く相反する特性を持った利用者集団である。さらに年間に数回の利用者から数十回の利用者がいることを考えれば、なおさら利用者の特定は難しくなる。ここでも『第一章マーケティング』で見たようにベストカスタマーの概念やパレートの法則が役に立つが、どのタイプの利用者がベストカスタマーであるかを把握することが大切である。
パレートの法則とは「特定集団において多くの場合に20%の人が集団の80%を支配する傾向がある」というものだが、NGFのベストカスタマー研究においても40%のベストカスタマーが消費額・利用回数ともに80%以上を占めると報告している。
参照:
ゴルフ経営原論 / 第一部 ゴルフビジネス : 第一章 -6 次世代ベストカスタマーの研究
この報告からも分かるように、利用者志向を把握する場合にまず最初にベストカスタマー20%を把握することが大切ではないか。この20%の利用者の志向を分析把握することによって現時点のカスタマーニーズを知ることができるが、気を付けなければならないのは、この20%が常連客と称するオールドカスタマーではないかという点だ。特にメンバーコースの場合にはこのオールドカスタマーが理事会メンバーであり研修会メンバーである場合が多い。この種のオールドカスタマーの声は大きく発言力が強い。「1人のオールドカスタマー喪失は10人のニューカスタマー獲得に繋がる」という言葉があるが、売上や入場者数の伸び悩みの原因がオールドカスタマーの存在にあるかもしれない。
完全メンバー性かパブリック性であればカスタマーニーズや利用者志向を把握しやすいうえ、マーケティング戦略に結び付けやすい。ところが準メンバー性の場合にはメンバーとビジターの入場比率が拮抗しているうえ、売上貢献度においてビジターが勝る場合が多い。両者の志向に共通性や類似性が見出せれば有難いが、相違点が明らかな場合の方が多い。当然メンバーの声の方が大きいからメンバー優先にならざるを得ないが、メンバーは利用回数も多いうえコースを熟知しているから、どうしてもビジターに厳しい条件を要求することになる。セルフプレーが普及するに従ってメンバーが得意になる反面、ビジターのコースマネジメントは難かしくなる一方で、ビジターすなわちベストカスタマーは嫌気が差している事実は否定できない。
準メンバーコースにおいて志向の異なる二種類の利用者を、両者が満足する状態に維持することは不可能ではないものの決して易しいことではない。なぜならばメンバーはコースを熟知しているからスコアを崩しても自分の責任と考えるが、ビジターはコースを知らないからコースに原因があると考えがちである。キャディーなら常に利用者に同伴し反応を観察しているから、両者の動線の違いや反応の様子を理解している。ところがトップマネジメントや管理者は利用者志向を把握できない難しさがある。
セルフプレー時代の利用者志向
セルフプレー時代を迎えてプレーヤー自身でコースマネジメントができれば、それだけで上級者である。キャディー依存型のプレーヤーはコースマネジメントができないからターゲットを間違い、フェアウェイを外して危険な場所へ場所へと自分を誘導してしまう。コースマネジメントとは、コースの状況を把握して自らを安全ルートに誘導しつつ、自分のパフォーマンスを最大限に発揮することである。
セルフプレーにおいてはキャディーの助言忠告がないので、自らの観察と判断によってマネジメントしなければならない。経験も助言もないから見た目の感覚つまり視覚判断によらざるを得ない。視覚判断は実に多くの錯覚を生み、その錯覚ゆえにミスショットを誘発する。同時に視界にあるものに反応し見える危険に恐怖する。ハザードが目に入れば不思議にボールはハザードに飛び、OBを恐れれば不思議にOBに向かってボールを打ってしまう。
このようにプレーヤーの潜在心理や視覚反応を利用するならば、ティーから見た景観やグリーン周りの景観は大切である。この景観づくりを演出するのがフェアウェイデザインであるが、どのようなデザインにフェアウェイを刈るかによってプレーヤーの心理状態や判断が違ってくる。フェアウェイのデザインを変えれば視覚によって全く異なったコースに見える。同じホールであってもフェアウェイデザインによってプレーヤーに錯覚や恐怖心を起こさせ、ミスショットを誘発するのはたやすいことといわれている。つまり利用者志向に立つということは、視覚判断に頼るプレーヤーのマネジメントに無言の助言忠告を与えるようなメンテナンスを考えることである。
殆んどのプレーヤーは慎重にボギールートを辿れば間違いなく良いスコアを出すことができる。プレーヤーを慎重にさせ視覚的錯覚からナイスミスを誘導するにはどのようなフェアウェイデザインが好ましいか、スタッフが常に研究し試行錯誤するならばメンテナンスは実に楽しい仕事になるだろう。利用者志向はスタッフ自身が利用者になり切ることから生まれるとも考えられる。利用者は常によいスコアを出したいと思っているのだから、その手伝いをする意識も大切である。難しそうに見えるコースで良いスコアを出したときは天にも昇る心地がするが、これこそが顧客満足(CS)そのものである。顧客満足を創造するコースメンテナンスはカスタマーが素晴らしいプレーを演ずるための舞台演出でもある。スタッフにその意識が備わってくれば、もうプロフェッショナルの域に達したと考えられる。
参照:
ゴルフ経営原論 / 第一部 ゴルフビジネス : 第四章-2 施設マネジメント
-2 | カスタマーニーズに対応する コースデザイン概念 |
<< | >> | -4 | プロスタッフによる 作業標準化と標準予算化 |