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THE GOLF FUNDAMENTALS
-  ゴルフ基礎原論  第二部 ゴルフマネジメント科学  -
第三章 スコアマネジメント
Section 1 スコアレコード

プロや上級者にスコアカードをつけない人がいるが、一般的にほとんどのプレーヤーはスコアカードをつけている。しかしスコアカードをつけているプレーヤーでもそのほとんどは記録として残していない。スコアカードはつけても、プレーが終ったらスコアカードを捨ててしまう人。捨てずに記念として残しておく人。良いスコアは残すが、悪いスコアカードは捨ててしまう人。実にさまざまであるが、一般に記録をつける習慣がないのが実情のようである。プロや研修生でも記録をつける習慣が少なく、自分の正確なパット数やショット数、パーオン率やフェアウェイキープ率を認識していない人が多い。スコアレコードつまりスコアリングは非常に大切なことで、野球なら少年野球や草野球でもスコアリングを実行し、チーム全員の記録やデータを把握している。スコアレコードはマネジメントの第一歩と述べたが、ゲームにしろビジネスにしろ記録やデータがなければマネジメントが始まらない。言い換えればマネジメントとは記録やデータをもとに、更なる改善や発展を見出す作業のことだからである。

記録の内容

一般プレーヤーにはゴルフをしながら記録を残す余裕はない。原始記録として各ホールのスコアとパット数、ティーショット成否、OB、バンカーを記号で記録すれば充分である。この五項目が連続記録されデータ化されれば、マネジメントに必要な数々のデータが算出される。パソコンの計算機能、記憶機能、検索機能が実にさまざまなデータを導き出してくれるから、データを眺めて満足しないで如何にマネジメントに活用するかが重要な課題になる。

記録の内容にも色々あるが、記録しても余り意味のないものも多い。例えば弾道の種類を克明に記録したり、打ち出し角度をショット毎に記録することは一見重要そうに思えるが、煩雑なわりに実利に乏しい。なぜならば、第一部で既に明らかにしたとおり、ボールフライトロウの発見によって弾道も打ち出し角度も全てインパクトの瞬間における物理現象に過ぎないから、記録をするより速やかに修正ないし確認すべき内容なのである。原理が分らない時代はミスの記録として集積しデータ化して研究課題としていたが、原理が分ってからはデータ化し課題にする以前に即断即応して解決する方が早いことが分った。

記録の意味

スコアカードにプレーの状況や結果を記録しデータを残すことはプレーヤー自身のパフォーマンスを知るうえで大切な判断材料となる。長所・欠点・特徴・傾向・能力など自己管理やゲームマネジメントに必要な情報は全てスコアの記録から生まれる。プレーヤー自身には熱い感情や期待、こだわりや言い訳などのさまざまな恣意性が介入するが、数字や記号には冷静な結果だけが表現されるから、それを集積データ化することによってプレ-ヤーの客観的な実体が明らかになる。この客観的な実体を冷静に見つめ分析することによって、初めて現状認識に立った将来目標が見えてくるのである。

信憑性

会計記録によらず行動記録によらず、およそ記録と名の付くものは全て事実をありのまま記録しなければ意味がない。記録を改ざんしたり修正することはよくあることだが、マネジメントに必要なデータを得るための記録であるならば改ざん修正はナンセンスの一言に尽きる。実体を歪めて分析したり改善策を研究しても、その努力は徒労に終るはずである。また人の習性として少しでも自分をよく見せたいと言う願望が、悪い結果は記録から外し良い結果だけを記録してしまうことがよくある。ゴルフではスコアを報告・提出するときこの罪を犯したものを失格として厳しく制裁するが、これはゴルフゲームが自己審判制度に基づいていることに由来する。しかしマネジメントに必要なデータを取るために記録を集積するとなると、ついつい悪いデータを除外したくなるのは人情と言うものだろうが、罪がないとはいえ全てを無意味にする。例えば健康診断を受けるのに、血液や尿を薄めてデータを改ざんしたところで何になるだろう。マネジメントに必要なデータを得るための記録は、事実や真実に基づくものでなければ意味がない。スコアカードに事実を記載するように記録にも事実を記入し、選別せずに全てを集録することによって価値あるデータファイルになる。事実が記載された記録が全て集録されているからこそ、ベストやワースト、アベレージや確率、その他色々な傾向や習性など正確なデータが導き出されることになる。

判断基準

記録は正確を要するからといって、必要以上に厳格でなければならない理由はないのではないか。例えばあるホールでアクシデントが重なって10ストローク以上の大叩きをした場合に、完全ホールアウトして正確に記録すべきかという問題が発生する。通常ハンディキャップ計算に入力する場合にトリプルボギー以上は異常数値としてストロークコントロールすることになっている。正直に大叩きスコアを記入してもコンピューターは自働的にカット処理することになるので、競技によって順位を決める場合を除いて、正直に記入記載する意味はない。トータルスコアだけを見て悪いスコアと勝手に判断し、記録から除外する人がいるようだが、ストロークコントロールやスロープによるスコア修正が行われることを考えれば、これも余り意味のない無駄なことのようである。
スコアカードにパット数を記載する場合、グリーンの外にあたるカラーの部分からパターを使ったらパット数に加えるか迷う人がいる。グリーン周りのアプローチにパターを使うのを得意とする人は、頻繁にこういったケースに遭遇することになるが、データ計算上から言えばパット数とショット数が変わることによってデータ数値も変わるが、本人以外に影響のないことなので本人が承知しているならば、どちらに記録しようが何ら問題はない。しかし、ゴルフゲームはショットとパットの複合ゲームなので、アプローチパットをショットにするかパットにするかによってデータ全体が変わることを承知しておかなければならない。
ティーショットについても同様なことが考えられ、多少フェアウェイを外しても、狙ったところに会心のショットをしたら○と記録し、逆にフェアウェイをキープしても当たり損ねのミスショットなら×にすべきではないかと迷う人がいる。これも結論から言えば、本人が承知していれば他に影響がないことなので、どちらでも良いと考えられる。ただし自分なりにしっかりした判断基準を定めておかないと段々曖昧になる恐れがあり、一般的には甘くなる傾向の方が強いことも承知しておかなければならない。
データはあくまでも自分自身をマネジメントする手段であり、より高いパフォーマンスを発揮する目的を考えれば、判断基準を甘くしたところで自分自身の向上には繋がらない。

継続性

記録にはベストスコア、ホールインワン、エージシュートなど貴重な記念すべきものと、平凡な記録を継続的に集積することによって貴重なデータを導き出すものとがある。一般的に記念すべき記録は捨て去られることはないが、日常的で平凡な記録は捨てられたり粗末に扱われることが多い。マネジメントに必要なのは継続する日常的で平凡な記録の集積である。継続していることに最大の意味があり、連続する一定期間の記録を集計し分析することによってはじめて貴重なデータが生まれる。他人からすれば何の価値もないつまらない記録も、本人にとっては傾向や習性を知るうえで貴重な資料となり、改善進歩の目標を設定してモチベーションの高揚に役立てることができる。マネジメントの狙いは目標や標準を設定することによって達成意欲を高め、潜在的なパフォーマンスを高めることにある。
人は常に高い目標や標準を設定しないとマンネリに陥り、やがて努力そのものを怠る傾向がある。記録を継続することから努力の継続性が生まれ、努力を継続することによって進歩発展の継続性が生まれる。だからマネジメントの第一歩は平凡な記録を継続的に集積することから始まると言って差し支えないだろう。

期間集計

マネジメントに役立つ記録は継続しながらも一定期間に区切られて集計される必要がある。直近・短期・中期・長期の他に対先月・対前期・対前年など時系列変化を検証する資料にならなければマネジメントに利用することができない。時系列で変化を見るには、元になる記録が余りも少なくてはデータの裏付けとして信憑性を欠くことになるからある程度の数を要するが、ハンディキャップ基準に見られる如く2年以内に20以上の記録は欲しい。統計確率論からいっても、この程度の母集団がないとデータとしての信頼性に欠けることになるのではないか。
また5年10年の長期にわたる記録は傾向や習性を知るうえで貴重なデータになるが、スランプや不調を克服するマネジメントや成長を目指す目標管理には余り役立たない。特に成長期の3ヶ月は成熟期の5年10年に匹敵することがあるから、期間集計の概念は大切にしなければならない。成長期はより高い目標に向かって頻繁に、成熟期は一段一段焦らずに定期的に、衰退期は諦めずに継続して記録しデータ化してマネジメントに役立ててこそ、その時々の最大パフォーマンスを発揮することに結びつくはずである。