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National Golf Foundation College Textbooks
THE GOLF FUNDAMENTALS
-  ゴルフ基礎原論  第一部 ゴルフゲーム  -
第一章 フィロソフィー
Section 6 ゴルフの倫理観とジェントルマンシップ

伝統思想

近年のゴルフがマッチプレーからストロークプレー中心になるにつれ、プレーヤー同士の戦いからコースとの戦いに変わってきた。マッチプレーとストロークプレーは根本的に戦う相手が異なるが、その事に気が付いて達人の域に達したのがボビー・ジョーンズである。マッチプレーでは対戦相手に惑わされて自分を失うことが多かったジョーンズは、ストロークプレーの概念に気が付いたのである。ストロークプレーの対戦相手は各ホールのパーだから、このパーに親愛をこめて「アンクルパー」、「オールドマンパー」つまり「パー伯父さん」と呼ぶことにした。アンクルパーは誠実にして謙虚、裏切ることもなければ誘惑されることもない。対戦相手が誰だろうと惑わされることなく、アンクルパーだけを見つめて誠実に謙虚に闘えば、アンクルパーは必ず応えてくれると悟ったのである。ジョーンズが「つわ者」、「くせ者」と言われる強豪プロ達を次々と倒すことができたのは、彼のジェントルマンシップにあったといわれている。
1744年最初のゴルフルールを制定したのが「ジェントルマン・ゴルファーズ」であったことを思い出せば、ゴルフの倫理観やゴルファーに求められた姿勢がジェントルマンシップだったことがすぐ理解できる。

スコットランドゴルフ

ゴルフの思想源流がキリスト教騎士道精神にあることは分かったが、いつ頃からジェントルマンシップに変わっていったか気になるところである。「Robert Browning;History of Golf」によればスコットランドゴルフの発祥起源は1100年というのが地元歴史家の定説だそうだが、十字軍出征と符合することからもこの時期にゴルフも騎士道も、キリスト教の影響を受けたと考えるのである。しかし16世紀になってヨーロッパに宗教改革の嵐が吹き、教会のみならずゴルフも騎士道も大きな影響を受けたと思われる。宗教改革は地上の権威を否定し、神との新しい契約(新約聖書)に基づいて人間の解放を謳った。その結果、国王の権威に忠誠を誓った騎士道はイエスキリストを主君に変えることになった。神の前に正々堂々と闘うことを誓った騎士達は、宗教改革によって今度はキリストの前に謙虚にして誠実な紳士になることを誓ったのである。やがて騎士道精神はジェントルマンシップへと変貌していき、ゴルフもその影響を強く受けたと考えられる。神を審判とするジェントルマンゴルフ<ストロークプレー>の始まりである。ゴルファーに求められる姿勢も寛容、忍耐、品性、誠実、謙虚、自律などキリスト思想に倣った神の愛の姿となったのである。このようにゴルフを支えるフィロソフィーはマッチプレーにおいてナイトの精神が、ストロークプレーにおいてジェントルマンの精神が求められるようになったと考えることができる。この思想が数百年にわたって脈々と今日まで伝わり、ゴルフの基本理念としてゴルフ・フィロソフィーを形造っていると思われる。

規則第一章

ゴルフに流れるこの伝統思想は脈々と流れて現代に至り、ゴルフ規則第一章にエチケットを掲げてゴルフの誇りとしているが、ゴルフが大衆化すればするほど第一章の価値と重要性が評価される。現代が行過ぎた自由主義、個人主義に毒されると同時に競争原理、市場原理によって人間の信義や礼節を失いつつあるから、せめてゴルフの規則に歴史と伝統の誇りを掲げることは評価してもしきれない価値がある。信義と礼節を失った人間には堕落が待ち受け、社会には衰退が待ち受ける。ゴルフにジェントルマンシップが生き続ける限り、ゴルフの普及発展は人間の向上につながり、社会の健全な発展に繋がることになる。ゴルフの大衆普及は信義や礼節の大衆普及につながり、ジェントルマンシップそのものが老若男女を問わず、広く大衆に広まることだと考えるならば、今やゴルフは人類にとってかけがえのない財産であると断言して憚らない。

伝統思想の将来

21世紀の世界は暫らくの間、混沌とするだろう。自由主義、民主主義、資本主義、商業主義、個人主義など人間のもって生まれた意欲やパフォーマンスを最大限に実現できる社会環境の構築に明け暮れた20世紀は、当然のことながら大きな影の部分も残したまま21世紀にバトンタッチされた。ゴルフの世界にも大きな影響を及ぼし、誰もが遠慮なくゴルフを楽しみ、ゴルフを自由にビジネス手段とし、商業主義に乗って世界中に立派なゴルフ場を建設してきた。20世紀繁栄の象徴のようにゴルフ場は社会的成功を収めた人の社交場となり、トーナメントはスターや成長企業の披露舞台となって庶民の夢となっていった。反面、ゴルフ場建設や経済破綻を巡る数々の社会問題が引き起こされ、商業主義や個人主義にゴルフの伝統理念が蹂躙されてゴルフの夢や思想が壊されてきた。権利や自由が謳歌され繁栄がもたらされた裏側では、着実に礼節や秩序が失われていった。ゴルフの世界も同様に、繁栄と大衆化の裏側でゴルフの文化や精神が崩されていった。伝統や文化、倫理や道徳、秩序や礼節は注意深く守り続けないと、一度崩壊したら容易なことでは復活しない。ゴルフがただ長い歴史を持つだけならば、これからも遊びとしての歴史を積み重ねていくことができるだろう。ゴルフの思想源流を訪ねたとき、ゴルフマインドという言葉に秘められた深い文化性のなかに、20世紀の負の資産部分を再生し、21世紀の発展エネルギーになるほどのパワーを秘めていることに気付くのである。