- ゴルフ基礎原論
- 目 次
- 第一部 ゴルフゲーム
- 要 綱
- INTRODUCTION
- 第一章
フィロソフィー - 第二章
セオリー - INTRODUCTION
- -1 ボールフライトロウは
如何なる理論か - -2 スイングセオリーの確立
- -3 9種類の弾道を生み出す
要因と理論的根拠 - -4 距離方向弾道を確定する
理論的根拠 - -5 生体原理から見た
スイングメカニズム - -6 物理原則から見た
スイングメカニズム - 第三章
メソッド - 第四章
ゲーム - 第五章
サイエンス - 第二部 ゴルフマネジメント科学
THE GOLF FUNDAMENTALS
- ゴルフ基礎原論 第一部 ゴルフゲーム -
Section 1 ボールフライトロウは如何なる理論か
INTRODUCTION | << | >> | -2 | スイングセオリーの確立 |
ワイレン理論
1976年PGAマガジンに飛球法則「Ball Flight Laws」-法則原理選択の理論-が発表され、米国レッスン界の新しい時代が始まった。発表者ゲーリー・ワイレンは学生時代からツアープロになりたいほどゴルフが好きだったが、勉強好きの彼はオレゴン大学大学院に進学して、当時発表されたばかりの「Search for the Perfect Swing」の研究に取り組んでいる。その研究成果を学位論文として博士号を取得した。大学院を卒業した後PGA of Americaのメンバーになり、PGAマガジンに博士号を取得した論文の一部「The Ball Flight Laws」を発表したが、この論文は米国ゴルフ界にセンセーションを起こした。従来ゴルフスイングに関する理論は各自経験に基づいてさまざまな見解が披露されていたが、彼はこの論文でボールの飛行には一定の法則があり、それはインパクトの瞬間に発現する物理法則に従わざるを得ないことを明らかにした。この論文で米国ゴルフ界は暫らく話題騒然となったようだが、やがて内容を知って静まり返った。科学の力に無限の可能性を信じるアメリカ人にとって、神秘に満ちたゴルフの世界を、法則原理で論断したことは驚き以外の何物でもなかったであろう。
飛球法則は忽ちゴルフ界の常識になったが、余りにも自明の理であったために、はじめは返って理屈をこねて反発したものも多かったようだが、彼は序文で次のように述べている。
「いまやゴルフを習う人と教える人との間にある不必要な混乱をなくし、両者の共通理解を見出して、そのような混乱の原因になっている取るに足らない相違を取り除き、プレーヤーの個人的特質や教える人の性格や好みを充分に生かせるゴルフゲームと、ゴルフ指導の合理的モデルを確立すべき時が来ている。この論文はその方向に動き始めようという、ひとつの試みである。」
としたうえで、共通点を見出せばゴルフスイングは全て同じである必要はないと強調している。
ワイレン博士の研究対象となった「パーフェクトスイングの探求」はアンスレイ卿が大英ゴルフ学会に寄付した資金を元に生物力学、機械工学、解剖学、生理学、医学、弾道学、解剖学、人体工学などあらゆる研究領域の専門家によって研究チームが編成され、提案から5年に及ぶチームの研究結果が集大成されたものである。山のように集められた実験データ、数学モデル、仮説論文はどれひとつアンスレイ卿を喜ばせるものではなかった。原理にあったモデルを作ることは可能だが、完全なスイングは世の中に存在しないというのが結論だったのである。この事実からワイレン博士は「完全なスイングが世に存在しない以上、完全な指導法も存在しないわけだから、数多くの優れたプレーヤーの共通点から原理原則を導き出し、生徒の個人差を考慮して個性に合わせて指導することが指導者に求められるであろう」そして「良い指導者はよい方法を持っているが、さらに優れた指導者は多種類のよい方法を持っていて、その中から選択して個人差や個性を尊重した指導のモデルを形成していくものである」と言う結論に達したのである。
ワイレン博士はゴルフスイングを理解するのに、次の三段階の優先順序モデルを提示している。これはゲーリー・ワイレン博士の<法則・原理・選択の理論>といわれるものである。
法則 | : | 法則とは与えられた条件下で知られる限り、不可避的な現象の順序あるいは関係を言う。 |
原理 | : | 原理とは最初の原因あるいは力である。これが取り扱わなければならない優先要因であり、このモデルの中では法則と直接の関係で結びつき法則に影響を及ぼす。 |
選択 | : | 選択とは選び出す行為であり、ある特定のアプローチ、方法、やり方などをその他のものより好むということである。このモデルの中で妥当であるために、これは原理と直接の関係をもっていなければならない。 |
法則について
飛球の法則を説明するに当たりワイレン博士は「われわれがこのモデルの中で飛球の法則という場合、それをゴルフスイングに関する法則と考えてもらっては困る。これはゴルフスイングとは全く関係がない。ここで法則というのは、ボールの飛行に影響を及ぼす自然界の物理的な法則のことなのである。」と断ったうえでインパクトの瞬間に発現する法則として5項目あげている。
1. ヘッドスピード | : | クラブヘッドの振り抜かれる速度がボールの飛ぶ距離に影響を与える。 |
2. ヘッド軌道 | : | クラブヘッドが通過する軌道の方向は、主としてボールが打ち出される方向を決定する。 |
3. フェース角度 | : | クラブフェースが目標線に対してどの程度スクウェアに入るかということが、目標に対するボール飛行の正確性を決定する。 |
4. 打撃角度 | : | ダウンスイングでクラブヘッドが打ち込まれてくる下降線と地面との角度がボールの発射角度に影響し、その結果ボールの飛距離に影響を及ぼす。 |
5. 打点位置 | : | クラブフェースのどの位置でボールをヒットしたかによってボールの飛距離及び軌道の方向に影響を及ぼす。 |
「当然のことながら、クラブフェースのロフト、ボールの構造、打球面の材質など道具の要素がボール飛行の距離と方向に影響を及ぼす。また気温、湿度、風、地形、標高などの環境条件も影響することが知られている。しかしながらこのモデルの中では、われわれが何らかのコントロールを持つことが可能である物理的・人間的要因についてだけ考えることにする。」としてワイレン博士は他の条件を一定にしたうえで、スイングする人間的要因とインパクトの瞬間にクラブとボールに発現する物理的要因についてだけ考察したのである。そこから誰が打とうが「ボールは物理的に反応するだけ」との結論に達し、全ての人に適用される<法則>を最優先順位にしたのである。
原理について
ワイレン博士は次にスイングをする人間について考察する。「ゴルフスイングにはプレーヤーが法則を発現させるのに直接関連する基礎的な配慮すべき要因が存在する。このモデルの中ではそれらをスイングの原理と呼ぶ。法則は議論の余地なく絶対であるのに対して、原理はスイング動作のメカニズムに関しての主観的判断を意味している。」といって法則が議論の余地がない絶対要件であるのに対して、原理は議論の余地を残した相対要件であるとしている。そのうえで自分の主観的判断に基づく12のスイング原理を掲げるが、このモデルを改良するに必要な追加要因があれば提案して欲しいとも付け加えている。 まず原理をスイング前とスイング中に分ける。
スイング前の原理 | ||
1. グリップ | : | 形は問わずグリップそのもの |
2. 目 標 | : | ボールを打とうとする目標方向のこと |
3. 構 え | : | 姿勢、ボールの位置、スタンス、体重配分、筋の緊張度など |
スイング中の原理 | ||
4. スイング面 | : | 腕とシャフトで作られるスイングプレーン |
5. 弧の大きさ | : | 腕とクラブの長さ |
6. 弧の長さ | : | テークバックの深さで決まるヘッド軌道の長さ |
7. 左手首の位置 | : | 左前腕と左手首、クラブフェースとスイング面との関係 |
8. テコシステム | : | 角運動によるクラブヘッドの戻りを遅らせる動作機能 |
9. タイミング | : | 適正な動作の発現順序 |
10. リリース | : | インパクトに向かうエネルギーの解放順序 |
11. 動的バランス | : | ダイナミックな体重移動 |
12. スイング軸 | : | 弧が回転する中心軸 |
ワイレン博士はこの12の原理をスイングメカニズムを構成する重要な要因と考えたのであるが、再三これが絶対とは言っていない。その証拠にワイレン博士自身、自分の著作による「PGA Teaching Manual;1990 PGA of America」で更に二つの原理を付け加えている。
13. コネクション | : | 身体各部の相互関係 |
14. インパクト | : | ボールに全エネルギーを伝達する瞬間 |
選択について
ワイレン博士は優先順位の最後にあげる選択については「ボールの飛行に関する法則は絶対であり反論の余地はない。一方、原理はスイングのメカニズムに関する主観的判断を反映する。しかし、われわれが最も頻繁に働きかけるレベルは選択と呼ばれ、そこでの議論の可能性は無限にある。」といって法則や原理を満たす方法であるから無限の選択性があると言っている。
選択とは技術や方法の選択のことで、例えばスイングはグリップから始まるがそのグリップの形はナチュラルかオーバーラッピングかインターロッキングか。角度はスクウェアかストロングかウィークか。パームかフィンガーかナチュラルか。ロングサムかショートサムかミドルサムか。ワイドかタイトかミディアムか。ぎゅっとか、そっとか、ほどほどか。という具合に方法論の選択は無限の領域に広がる。一種の帰納法によってスイングメカニズムを分析しようとしたワイレン博士の<法則・原理・選択の理論>は、無限の選択性の段階で破綻したかに見えるが決してそうではない。この分析方法はクリニックといわれるスイング診断の領域で画期的な威力を発揮したのである。
この理論はスイングメカニズムの分析論であってスイングセオリーではない。発表された1970年代以前において既にバイロン・ネルソン、サム・スニード、ベン・ホーガン、トミーアーマーなど実績あるプレーヤーが個人的セオリーを出版物にしており、ワイレン博士はその一角に名乗りをあげようとしたのではない。ワイレン博士の狙いは名手といわれる人たちの共通点から、一定の法則や原理といえる要因を導き出すことにあったわけで、既存のセオリーに挑戦するとか批評したわけでもない。それゆえワイレン理論はスイングを解析し、診断する分析用具として実に優れていると評価されたのである。そのためにPGAもNGFも彼を教育指導部長に招聘し、発表した論文の冒頭に彼自身述べている通り、生徒と指導者あるいは指導者同士の間にある不必要な混乱をなくし、指導現場や教育現場に共通理解が得られる機会を提供しようとしたのである。
「9種弾道」発見の意味
ワイレン理論が発表されるまでは、単純に弾道の違いはスイングの違いによるものと考えられていた。だから誰もが満足できる弾道が得られるまでスイングを矯正し、打球練習を繰り返して感覚を会得しようとしていた。しかし感覚で会得することは容易ではなく、まさに血の出るような修行を必要とした訳だがやはり上達の秘訣は球数を打つことであった。なぜならば球を打ち続けるうちにたまたま素晴らしい弾道が生まれたとき、その感覚を忘れないよう打ち続けることが上達の秘訣だったからである。しかし感覚というのは身に付けるにも思い出すにも時間がかかるうえ、言葉や形で表現できない。従って感覚を他人に伝達することは至難の業である。ちなみに右手ですらすら書ける自分の名前でも左手に書かせることは至難であることからも容易に理解できるであろう。そのために、かつては全てのゴルファーが先輩のアドバイスを参考にゴルフを見習い、練習と経験を通して感覚的に会得したのである。その意味で全ての人が我流で上達したといえるから、ゴルフをする環境になければ生涯ゴルフを体験することもなかったのである。父親がクラブメンバーであるとか、ゴルフ場で働いている場合以外に、ゴルフを始めるきっかけは皆無である。機会を与えられたものだけが環境を利用し、ひとりでがむしゃらに練習して覚えた。
「誰が打とうが、どんなスイングで打とうが、全ての弾道はインパクトの瞬間の物理法則に従って決定する。」
この一言は血の出るような修行をしている者にとっても、職人技を身につけていた者にとっても一瞬耳を疑う話だった。人の努力も業も人格も否定し、物理法則という無味乾燥で非人間的な理屈で一刀両断された感情は、産業革命や技術革新の時代に職人や熟練工が味わった感情にも匹敵するはずである。「言葉では言い表せない理屈を越えた何かがある」。達人も職人も過去の苦労を思い出せば、どうしても容認し難い理論であった。ワイレン博士自身も方法技術の選択は無限にあることを認めている。ならばなお更のこと、無限の選択から苦労して見つけ出し、猛練習によって会得した感覚は秘訣中の秘訣ではないか。自分の苦労はなんだったのか。どの時代どの社会を見ても、科学技術の進歩による技術革新は、過去の人々に非情である。2008年日本のゴルフ界にも非情の現実が見られた。一人の高校生の前に、過去の努力も名声も権威も跪かなければならない事態が出現したのである。既に米国では一人の黒人学生の前に、帝王の座まで明け渡さなければならない事態が起きていた。ワイレン博士のボールフライトロウと9種弾道の発見は、あたかもテイラーの科学的管理法と生産性革命のような結果を招来したのである。
ゴルフ普及と発展の時代
テイラーの科学的管理法を導入して大量生産王国を築いた米国にとって、ゴルフを科学的に合理化することは簡単なことに違いなかった。1970年代の米国ゴルフ界は科学的合理化に向けてイノベーションが起こったのである。USGAは芝草管理やハンディキャップ領域に、PGAはトーナメント運営やゴルフビジネス領域に、NGFは教育指導や情報処理領域に、用品業界は素材開発や新商品開発分野にそれぞれイノベーションを進めていた。特にボールフライトロウの発見とワイレン理論によってPGAではレッスン革命が起き、NGFでは教育改革が起こった。
従来のPGAレッスンは弾道が良かろうが悪かろうが、いきなりスイングそのものの矯正から入る指導法であった。「私ならこうする、私のやり方はこうだ」という具合に自分の経験に基づく技術を披露し強制する指導法だった。そのために「せっかく良い弾道の球を打っていたのに、レッスンを受けたらひどい弾道になってしまった」という苦情は後を断たなかった。スイングを直されたというより、壊されてしまった生徒は別のプロに見てもらって「誰がこんなスイングにしたんだ」といわれ、ますます壊されるということが頻繁にあったのである。ワイレン博士はこのことを指して「生徒と指導者、指導者同士の間にある無用の混乱をなくそう」といったのである。
実際にボールフライトロウが発表され、ゲーリー・ワイレンによってPGAティーチングマニュアルが書かれてからは、ほとんどのプロや指導者が飛球法則に基づいて指導するようになり、お互いの共通理解が得られるようになったために、レッスンに対する不信や不満が急速になくなった。同時にプロや指導者同士の信頼も増し生徒の奪い合いや批判の応酬も激減したので、プロの社会的地位も向上した。
NGFでは学校体育を中心に開発していた教育プログラムにワイレン博士の理論を取り入れて次々に改良し、学校教育の過程で原理原則にあった基本技術を修得し、合理的・科学的トレーニングによって上達するシステムを構築した。その結果、誰もが学校教育の過程で生涯役に立つ基本技術を学び、既に学生時代にトッププレーヤーに成長するプログラムとシステムを完成させることができたのである。従って、ワイレン博士の研究による法則原理の発見はゴルフ近代化と大衆化に多大な貢献をしたと断言することができる。
科学的合理性の追求
ワイレン博士の業績も突如生まれた訳ではない。法則原理の発見がみられるまでは、職人の技術によって作られた道具が、達人の業によって使いこなされていた訳であるから、科学性や合理性を唱えること自体がナンセンスであった。それだけにホーマー・ケリーが幾何学的考察によってスイングを解析しようとした試みや、アンスレイ卿が科学的実験に莫大な資金を提供したことなどは高く評価される。なぜならばワイレン理論もこのような先人の努力と集積があったからこそ誕生したものだからである。数学や化学の世界と同じで、ひとつの定理や公式の発見が無限の展開を導き出すように、ワイレン博士による法則原理の発見は、用具はじめセオリー・メソッドの分野に飛躍的発展をもたらした。
先にも触れたように、スイングと弾道を直接因果関係で考えていた時代は如何に優れたクラブをつくっても、使い手のスイングひとつでクラブ性能は台無しになり、逆に使い手の腕が立てば立つほど、クラブに微妙な性能が要求された。制作者にとって完璧に仕上がったクラブも、達人の一言で地に堕ちることはいくらでもあった。その一言とは「好きになれない顔」とか「馴染めない感触」の如き極めて非科学的不合理な感覚用語で表現された。原理原則が発見されてからは、職人や達人の呪縛から解放されて、クラブデザイナーは好きなように設計することができるようになった。
飛距離を伸ばすためには飛球法則により「ヘッドスピード」を速くするための工夫をすればよいから、クラブ重量を軽くするための努力と、空気抵抗を少なくするための研究がなされた。カーボングラファイトやチタン合金など化学素材の利用と、風洞実験や流体力学の応用がクラブ改良に拍車をかけ、新商品開発に役立った。距離方向を安定させるためには飛球法則により「打点位置」を広くする工夫がなされ、ワイドスポット研究によってジャンボヘッドやオーバーサイズフェースが開発された。シャフトはより軽くより長く進化し、ヘッドはより軽くより大きく進化していった。
ゴルフ場はあたかもロケット発射場の如き景観を呈し、次々と新開発のロケット砲が持ち込まれ、記録が塗り替えられていったが、コースの設計コンセプトは根本から覆され、コース改造に多額の出費を強いられた。90年代以降クラブメーカーは新商品開発に沸き、<飛ぶクラブ>が飛ぶように売れて市場は活気を呈したが、影では多くの老舗メーカーやクラブ職人たちが姿を消していった。法則原理の発見によって用品開発や用品市場は活性化したが、それが果たしてどれほどゴルフの進化や文化の発展に貢献したかは疑問が残る。特に日本のゴルフ界はハード開発の分野で世界一を誇るまでに発展したが、プレーヤーの資質能力開発あるいはゴルフ場経営管理などのソフト分野に関しては、依然として発展途上国並みであるから、今後はプログラムやシステム開発などソフト分野における開発や研究が求められている。
INTRODUCTION | << | >> | -2 | スイングセオリーの確立 |