- ゴルフ基礎原論
- 目 次
- 第一部 ゴルフゲーム
- 要 綱
- INTRODUCTION
- 第一章
フィロソフィー - 第二章
セオリー - INTRODUCTION
- -1 ボールフライトロウは
如何なる理論か - -2 スイングセオリーの確立
- -3 9種類の弾道を生み出す
要因と理論的根拠 - -4 距離方向弾道を確定する
理論的根拠 - -5 生体原理から見た
スイングメカニズム - -6 物理原則から見た
スイングメカニズム - 第三章
メソッド - 第四章
ゲーム - 第五章
サイエンス - 第二部 ゴルフマネジメント科学
THE GOLF FUNDAMENTALS
- ゴルフ基礎原論 第一部 ゴルフゲーム -
Section 2 スイングセオリーの確立
-1 | ボールフライトロウは 如何なる理論か |
<< | >> | -3 | 9種類の弾道を生み出す 要因と理論的根拠 |
帰納法によってスイングメカニズムを解明し、無限の選択性の存在を理論付けたワイレン理論は、矯正指導を主流とするレッスン界に革命的な貢献をした。しかし育成指導を主流とする教育界では、演繹法によって標準原理を選択し、基本のスイングを形成するシステムを提示しなければ、ゴルフ振興のイノベーションにはならない。そのためには原理にかなった基本セオリーを確立し、セオリーに則ったメソッドを提示して初めて合理的な育成システムとしての教育プログラムを完成したことになる。その土台となるべき基本セオリーを確立するために、NGFはゲーリー・ワイレンが仮説提案した12原理の検証作業から開始することになった。
スイング原理の検証
1989年NGF基本テキストの大改訂をするための準備が始まった。改訂のリーダーはエド・コットレル博士(Dr. Edwin B, Cottrell)である。博士は体育学と教育学の学位を取得した、元ウェストチェスター大学副学長で、長年同大学のゴルフコーチをしていた。退任後ゴルフ教育者協会理事長を勤め、大学ゴルフコーチ協会最高名誉賞を授与され、ゴルフ殿堂入りも果たしている。私たちは東京とパインハーストで時間をかけた研究会を開き、スイング原理、基本技術および指導上の問題点を徹底的に検証した。問題点は次の三点である。
(1) スイング原理に理解し難い概念が含まれている。
(2) 生体原理と物理原則が同次元で扱われている。
(3) 指導上、メソッドの標準選択基準が必要ではないか。
最初の問題点について、コットレル博士は深い理解を示した。そもそも問題の論文はゲーリー・ワイレンがオレゴン大学院で学位を取得した博士論文だから、一般アマチュアレベルの人に全て理解できるわけではない。博士はそのことに理解を示したのである。先ず最初にスイング前の三つの原理について検証したが、原理そのものには全く異論はないものの、構えの用語としては posture よりも set up のほうが良いだろうと提言された。
理由として構えとは形のうえでの身構えではなく、心の準備も完了した状態で構えだから、心構えも含めてセットアップが良いということだ。セットアップは三つの要素がある。ターゲットライン・フットライン・ボールラインで、この三つのラインが直角平行になるよう構えた状態をスクウェアスタンスといっている。フットラインがターゲットに対して開いた状態に構えるとオープンスタンス。閉じた状態に構えるとクローズドスタンス。どのようなスタンス構えによらず、目標が定まり心の準備が整って「よしっ!」と思ったときがセットアップ完了である。だから達人やプロは「よしっ!」と思えないときや、雑念が入ったときは最初のグリップからやり直す。従ってスイング前の三つ目の原理はスタンスでもポスチャーでもなくセットアップなのである。
スイングプレーンについても何点か問題になった。そもそもプレーンは視覚上の概念だから、腕が描くプレーンかシャフトが描くプレーンか、または双方をいうのか問題にする人も多い。しかしスイングプレーンとは、腕とシャフトによって描かれるスイングの面と定義されているので、ある程度の厚みを持っており別々に考える必要は余りないのではないか、というのがエド・コットレル博士の意見だった。むしろ話題になったのは俗に「八の字スイング」といわれる歪んだスイングプレーンである。
「ハチノジスイング」とは、よく初心者に見られるインサイドにスイングアップして、アウトサイドからスイングダウンするスイングのことで、後ろから見るとちょうど数字の8の字を描いたように見える。こういうスイングで打つと、飛球法則によって間違いなく大きなスライスボールになる。逆にアウトサイドにスイングアップして、インサイドからスイングダウンする「逆ハチスイング」がある。日本の青木功プロのスイングがその典型で、それ以前は河野高明、草壁政治など我孫子流といわれるプロに多かった。日本独特のスイングかと思っていたが、アメリカレッスン界の大御所だったビル・ストラスバーグは、理想のスイングと絶賛したのである。しかし簡単に真似のできるスイングではない。エド・コットレル博士の言うとおり、車輪が歪んでいてはスムーズに回転しない。さらに基本とは誰でも真似のできるSimple & Easyな方法でなければならない。私たちはビル・ストラスバーグよりエド・コットレル博士の見解に納得した。
スイングアークはクラブヘッドが描く軌道で、弧の長さと大きさを同時に表す。アンスレイ卿チームは特殊カメラを使って撮影し、ヘッド軌道とスイングのメカニズムを解明した。アップスイングの段階でほぼ同芯円を描くヘッドの軌跡もダウンスイングの段階に入ると一気に螺旋状の遍芯円に変わり、プレーヤーの身体のより近くを通過してインパクトゾーンに向かう。それはゆっくりスイングしても、クラブヘッドは加速度的に速くなる物理的なメカニズムを解明したものである。
このメカニズムが解明されてからは、大きなバックスイングやオーバースイングは影を潜め、右肘を畳み込んだコンパクトなスイングが主流となった。コットレル博士は「大きく」「強く」「叩く」というようなパワーを感じさせる言葉は極力避けるよう忠告するが、それはスイングメカニズムから生み出される自然な加速原理が、人為的な力によって阻害されることを避けるためである。グリップを驚くほどやわらかく握るのも、強くグリップすることによってヘッドスピードの加速を阻害しないためであり、コットレル博士の見解では、「飛距離の源泉であるヘッドスピードは決して人為的なパワーによって生まれるものではない」ということになる。そのため、ゲーリー・ワイレンの提唱する原理のひとつ「パワーフロー」と言う用語を削除することになったが、代わりに「スイングモーション」とか「スイングムーブメント」という動作や動きだけを表現する言葉を使うことになった。確かにコットレル博士が言うとおり、ゴルフというスポーツは叩きにいったり、打ちにいったり、力んだりしてよい結果は何も生まれない。ゴルフでは特別に強いパワーは必要としないのである。だからこそゴルフは「誰でもできる生涯スポーツの決定版」という地位を得たのかもしれない。
レフトハンドポジションも私たちを悩ませるテーマであった。ゲーリー・ワイレンが気にしたとおり、左手首の状態はボールの方向性に直接影響を及ぼす。なぜならば人間の手首は上下にも左右にも曲がるようにできており、いわば自在継手のように自由自在に動かせる構造になっているから、インパクトの瞬間における手首の状態は、弾道を決定する重要な要因と考えられるからである。「Search for the perfect Swing」でもこの項目に触れており、コッキングとヒンジングという言葉で使い分けて、前者はシャフトを上下に動かす機能、後者はシャフトを左右に動かす機能を指している。ここでいうシャフトの上下動はヘッドスピードに影響し、左右の動きはクラブフェースの向きに影響して弾道の方向や曲がり具合に影響する。そうなると左手首はなるべく固定した状態に収まっていた方がショットの安定に役立つことになる。それが証拠に球筋が乱れて仕方がないとき、左手首をテーピングして固定すると球筋が安定する。従って左手首は余り機能しない方が良いことになり、スイングの原理と考える必要はないのではないかとの結論を得た。つまり左手首の状態は、ボールの行方を変える重要な要件ではあるが、スイングメカニズムの原理ではないということである。言い換えれば、スイングにとって左手首は余り機能しない方がむしろ良いという意味だ。
レバーシステムも大変興味深くおもしろいテーマだ。レバーシステムは「テコの原理」や「殻竿の原理」あるいは「ヌンチャクの原理」を連想させる用語で飛ばしの原理や秘訣として考えると興味は尽きない。しかしスイング原理は決して飛ばすための秘訣を明らかにするものではなく、スイングの生体的ないし物理的メカニズムを明らかにするものだから、それらを混同したり同一視してはいけない。
人間の身体は構造上、クラブを刀のように頭上に振り上げるならば両腕を伸ばしたままでよいが、左右に振り上げるとなると両腕を伸ばしたままでは無理だ。右に振り上げるには右肘を、左に振り上げるには左肘を折らなくては肩の関節が外れそうになる。これがまさに生体原理で、原理に反する動きを強制したり、これを無視すれば身体を損傷するかメカニズムが機能しない。肘の関節は手首と異なり、一方向にしか折ることができない構造になっているから英語では「hinge」と言うが、意味は「蝶番=チョウツガイ」である。扉と柱をつなぐ金具のことで、完全に一方向にしか動かない。手首と肩はわりと自由に動くのに、なぜか肘は一方向にしか動かないようにできている。
レバーシステムの概念には「ワンレバー」と「ツーレバー」があり、「ワンレバー」は腕とクラブの二つ折り構造を指し「ツーレバー」はそれに肘の折りを入れて三つ折り構造を指す。しかしスイングをよく観察すると、腕とクラブの接続は折りたたみ式にはなっておらず、どこにもレバーシステムがないことに気が付く。ベン・ホーガンのスイングを分解写真で見ると、バックスイングとダウンスイングでは左腕とクラブが棒状に連結しており、フォロースイングでは右腕とクラブが一本の棒状になっている。写真は正面から撮っているので、バックスイングとフォロースイングでは腕とクラブが90度近く折れているように見える。しかしこれはセットアップしたとき、ハンドダウンして作られたコック角度が正面からは見えなかったが、スイングが90度横向きになったことによって、コックした角度がレバーのように折れて見えただけである。恐らくベン・ホーガン自身は、レバーシステムを使って打っている意識はなかったと思うが実際はどうだろう。これに対してボブトスキは腕全体を鞭のように使っている。スイング全体がグニャグニャに見えて、レバーシステムとはとても定義付けられないほど柔らかいスイングだ。このようにしてみると、レバーシステムをスイング原理のひとつに加えるとなると、全てのスイングに当てはまる普遍性または共通性に欠ける点が見出されるのである。
タイミングは頻繁に使われる用語ではあるが、反面、実に難しい概念である。ゲーリー・ワイレンはタイミングをスイング原理のひとつに加えたが、検証すればするほど疑問がわく。タイミングとは二つ以上の移動物体がうまく出会ったり衝突したりする状態を言う。野球やテニスのようにタイミングが悪ければ打ち返すことができないスポーツとか、柔道やボクシングのように技にならないスポーツの場合なら実に分かりやすい概念であるが、ゴルフはいささか状況が異なる。ゲーリー・ワイレン自身が言うように、ゴルフのボールは打たれるまで絶対に動かない。プレーヤーが打つまでボールはじっとしており、誰が打とうがボールは打たれたままにしか飛ぶこことができない。だからボールとクラブの間にタイミングという概念を導入すること自体に無理がないか。静止物体に移動物体が一方的に衝突していく運動のタイミングとは何か、理解し難かったのである。
ゲーリー・ワイレンは「最大パワーを発現する動作順序をタイミングといい、手-腕-肩-腰-足の順序でスイングが作動したならば、次は足-腰-肩-腕-手の順序で戻らなければタイミングが合わない。」と説明する。確かにその通りでサム・スニードやベン・ホーガンに見られ代表的スイングは、ものの見事に動作順序を正しく表現している。私たちの疑問に対してエド・コットレル博士は明快な回答を示し「ゴルフスイングの時間概念は、タイミングではなくテンポである」とした。つまりスイングテンポが一定でないときに、タイミングが狂いリズムが壊れるというのである。
振り子の原理に戻るならば、振り子は常に一定のテンポで振れることによって、運動を持続し時を刻むことができるのであって、人為的な動作ではなく物理法則である。また各人が一定のテンポを形成し持続することによって、各人固有のタイミングとリズムを維持することができる。また一定のテンポが維持されることによって、各クラブの弾道・飛距離が確定できるのであって、テンポこそ大切なスイング原理である。私たちは「テンポはスイングに要する動作時間をいい、タイミングはスイングの動作順序をいい、リズムは動作感覚をいう。」と定義した。
リリースは最も理解に苦しむ概念だ。ゲーリー・ワイレンは次のように説明する。「バックスイングで作られたエネルギーを解放し、アドレスで決めたクラブフェース角度が再現するように前腕、手首、手が戻ってくるようにすることで、クラブによってつくられる運動量は、不必要な筋緊張を起こして妨害しない限り腕と手に自然なリリース(解放)を発現させる。強く叩こうと言う無理な努力が手と前腕に強い緊張を引き起こす。この筋緊張が自然なリリースを妨害し、クラブフェースを開いたままにしたり、被りすぎた状態をつくったりする」と。
少し分かったような気がするが、依然として理解はできない。タイミングと同じように、リリースも物理的、視覚的、感覚的にも理解しにくい概念なのだ。
「ボールがピッチャーの手から離れる瞬間」「矢が弓のつるから放たれる瞬間」というと概念的にも感覚的にも解りやすいが、ゴルフに戻ると途端に分かりずらくなるのは、野球や弓の場合と異なりボールがクラブヘッドから打ち出される瞬間を言っているのではなく、腕の緊張が解放される瞬間を言っているからである。そうであるなら筋の緊張はスイングメカニズムの原理ではなく、むしろスイングを阻害する要因として、スイング原理にしない方が良いといえる。しかしリリースはボールコントロールという概念の中では極めて重要な関係にあり、ボールがクラブヘッドから打ち出される瞬間、どのような状態でリリースされたかで全て球種と弾道が決まるわけだから、別のテーマとしてさらなる研究を要する。リリースという概念が解りにくいのは、ゲーリー・ワイレンが生体原理として説明しようとしたのに対し、私たちは物理原則として理解しようとしたからではないか。ワイレン博士はリリース概念を説明するときクラブを放り投げて説明していたが、確かにクラブが手から離れる瞬間はリリースに違いない。しかしゴルフは本来クラブを投げるゲームではないから、私たちはリリースをスイング原理とすることに躊躇したのである。
ダイナミックバランスという言葉も日本語に訳しにくい。ゲーリー・ワイレンと同じオレゴン大学院の学生だった栗本閲夫教授は「動的バランス」と訳したがそれで意味が分かったわけではない。ワイレン博士はピッチャーやバッターが投げたり打ったりするとき、軸足体重を移動しながら動作する点を例に上げて上手なプレーヤーはこのバランスが良いことを指摘する。確かに名プレーヤーは体重移動が美しく力強いしバランスもよく、見るものに不安感を与えない。反対にバランスの悪い動きをするプレーヤーに名手はいない。だからどんなスポーツにもダイナミックバランスは要求されるだろう。
ではピッチャーやバッターはなぜ軸足で立ったまま投げたり打ったりしないのか。当然それではより速くより強い球を投げたり打ったりできないからである。ゴルファーもより遠くへボールを飛ばしたいために軸足体重を移動して力強くスイングする。反対に正確にボールを打ちたいパットやチップでは下半身を固定してほとんど動かさないようにする。下半身どころか上半身、特に顔や頭も動かさないように息を殺して打つ。どんなおしゃべり野郎でもパットやチップのときだけは口も動かさない。だからダイナミックバランスは、より遠くに飛ばしたいときに必要なスイング原理であって、正確に飛ばしたいだけなら広めのスタンスで両足を大地に踏ん張って、振り子スイングだけで打った方がよいかもしれない。
このような私たちの疑問にコットレル博士は「ウェートシフト」という簡潔な表現を提案した。これならば誰が聞いてもすぐ解るし、意味を説明しなくても理解できる。歩くという人間の基本的動作は、体重移動の連続に他ならない。私たちは力強いスイングモーションをするにはウェートシフトが必要であり、それはバランスよく行われなければ安定した力になりえないことを理解した。
スイングセンターの概念は、既に1976年NGFが制作発表した一連の視聴覚教材に導入されているのに驚いたことを記憶しているが、それまでこの概念は言葉としても聞いたことがない。ゲーリー・ワイレンの監修によって制作されたこの視聴覚教材で詳しく説明されたスイングセンターの概念は、おそらくワイレン博士が初めて提唱したものと思われる。それが証拠に1969年ホーマー・ケリーが書いた画期的スイングメカニズムの解説書「The Golfing Machine」にも、1968年大英ゴルフ学会から発表された「Search for the Perfect Swing」にも1957年ベン・ホーガンが書いた「Ben Hogan`s Five Lessons」にも出てこない概念なのである。だからNGF視聴覚教材を見た誰もが一応に驚いた。スイングは振り子運動ないし円運動と考えられるが、運動の中心点として胸骨と背骨の交差する身体の中心部にスイングセンターはあると考えられたのである。
ゴルフスイングはそのスイングセンターを機軸に、鎖骨と腕によって作られる三角形がペンデュラム(振り子)として振り子運動するものとして定義された。如何なる振り子も軸がぶれたら運動は乱れ、やがて停止する。振り子運動にとってスイングセンターは生命である。地震が起きると振り子時計がいっせいに停止するのは軸がぶれるからである。しかしスイングセンターの概念が理解できても、人間の身体の中に点軸を意識することは難しい。従来も頭をスイングの中心点とする考え方はあったから「頭を動かすな」「顔を上げるな」というレッスン用語は盛んに使われた。しかしこのレッスン用語には弊害や誤解が多いことも指摘されていた。「頭を動かすな」といわれるとテークバックが窮屈になって肩が充分に回らない。「顔を上げるな」といわれると体重移動が充分できないから、フィニッシュが取れずに中途半端なスイングに終わる。スイングセンターが概念として意識されるようになって、スイングは画期的に美しく安定したものになったのである。
1980年代にはジャック・ニクラス、トム・ワトソン、トム・カイトらに象徴されるアップライトスイングが理想のスイングとしてもてはやされた。スイングセンターを中心にペンデュラムを正確に立て振りするから、抜群の方向性を持つスイングと評価された。彼らのスイングを正面から見ると、スイングセンターは微動だにせず、なるほどあそこに中心点があるに違いないと分かった。彼らの放つショットは、ロケット弾のように大空めがけて一直線に打ち出されていった。
やがて80年代後半に入って、腰を痛めるプレーヤーが続出した。アップライトスイングによって腰に過度の負担がかかることが判明したので、今度は一気にフラットスイングに変わっていった。この頃から点軸よりも背骨を軸とする棒軸概念が主流となり、ボディーターンという表現もされるようになった。確かに背骨を軸とする軸回転は身体の負担も軽くコンパクトな動きができる。コマのようにクルッと回るスイングは無理がなく安定している。小柄なラリー・ネルソンのコンパクトなスイングは、アマチュアにとっても理想のスイングといわれた。シャフトの改良やクラブの軽量化もコンパクトスイングに拍車をかけた。
棒軸概念の定着と同時に二軸論なるものが浮上してきた。レッド・ベターが最初の提唱者と思われるが、二軸という表現は誤解を招きやすい。どのような回転運動にしろ、軸が複数あっては回転が乱れてスムーズな運動にならない。背骨を棒軸とするスイングセンターはセットアップしたときに前傾している。正面から見ると真直ぐだが、実際は前傾していて、腰を基点に左右に回転するとバックスイングで軸が左に傾き、フォロースイングで右に傾いて見える。背骨は一本しかないから二軸存在するわけはないが、背骨は多関節構造になっているからスイング中微妙に変形する。特にフィニッシュの状態では、前傾姿勢の人、直立姿勢の人、反転姿勢の人と大分見た目に違いがある。身体に無理のない、特に腰に負担のかからないフィニッシュの姿勢は多くの人たちによって研究されてきたが、その人の年齢、身体の柔軟性、好みによって異なる。結論として言えることはフィニッシュの形はまちまちだが、スイングセンターは一本の軸ということである。
この軸が何処にあるかについては多くの議論を呼んだ。ゲーリー・ワイレンは「両肩の中間で胸骨上部の裏側」と定義した。アップライトスイングと標準43インチドライバーが主流の時代はこの定義で充分であった。しかし時代が変わりフラットスイングと長尺ドライバーが主流となって、軸回転の概念が導入されるようになってからは、スイングセンターの考えかたは変わった。スイングセンターがスイングの原理であることを否定するものは一人もいないが「背骨と肩骨によってつくられる十字状の軸」と定義するほうが解りやすい。
標準選択モデルから基本セオリーへ
ワイレン理論がPGAマガジンに発表された1976には、NGFの教育プログラムは一通り完成していた。特に学校体育に導入するための長期カリキュラム編成、マニュアルを使った科学的指導法、グループダイナミックス理論に基づくグループ指導法、視聴覚教材を使ったテキスト類は整備されていたものの、原理原則に基づく基本セオリーの確立に関しては、ボールフライトロウの発表を待たなければならなかった。1987年NGF Far Eastは、全米大学ゴルフコーチ協会最高顧問で体育学・教育学博士のエド・コットレル氏を招聘してNGF教育プログラムの全面改訂を行った。2年の歳月をかけて基本セオリーを見直し、更に1年半の歳月をかけて視聴覚教材を大改訂した。NGF Far Eastは既に1979年から84年までゲーリー・ワイレン博士を招聘してワイレン理論を徹底的に研究していたので、87年から始まったコットレル博士との共同研究をより発展的に行うことができた。コットレル博士は米国ゴルフ教育界の第一人者だけに、ワイレン理論はもとより、それ以前の理論や学説についても熟知していて、セオリーの確立や教育プログラムの改訂には無くてはならぬ存在であった。
思想にしても知識や技術にしても、一朝一夕にしてできたものはなく、人々の長い営みの中から悩み、考え、工夫された結果、ようよう築き上げられたものばかりである。それら無限の知識や技術の中から、万人普遍の共通原則に叶い、最も簡潔にして合理的な方法を選び出すことは、決して容易な作業ではない。既にワイレン博士が5つの法則・12の原理・無限の選択性に整理していたとはいえ、無限にある方法論から普遍性と合理性に合致する方法を整理統合する作業は、コットレル博士の深い経験と知識なくしてできることではない。私たちは3年余の歳月をかけて、ボールフライトロウに基づく基本セオリー・メソッドを確立し、NGF新教育プログラムとして映像・音声・活字を使った3D教材を完成させることができた。「National Golf School 40 Lessons」「Enjoy Golf 10 Lessons」「Master of the Golf」「School Operation Manual」「Golf Instructors Guide」等はその成果である。それは全てボールフライトロウ発見による成果といっても過言ではない。
ボールフライトロウそのものは「ニュートン物理」を一歩も出るものではないが「法則原理選択の理論」として百家争鳴する達人や職人たちの世界に科学のくさびを打ち込み、大きなイノベーションの基盤を築いたことは、ゴルフの歴史に残る輝かしい功績のひとつといえよう。
NGFスイングセオリー
エド・コットレル博士の指導によってNGFが採用した基本セオリーはワイレン理論の原理選択を次のように再編成したものである。
プリスイング原理 (GAS) | ||
グリップ | : | 如何なるグリップを採用するにせよ、グリップはゴルファーの腕とクラブを連結する重要なコネクターの役目を果たす |
エイミング | : | ターゲットに対して正確に目標を定めることターゲットライン、ボールライン、フットラインの三要素から構成される |
セットアップ | : | 無理なく自然に構えた姿勢で、アドレスルーティーンから心の準備が完了するまでを総称する |
インスイング原理 (6Fundamentals) | ||
ディレクション | : | 弾道やボールの方向に直接影響を及ぼす三要素(GAS=Grip, Aiming, Set-up)をいう |
スイングモーション | : | 体の動き=ショルダーターンとウェートシフト腕の動き=フォーアームローテーションとヒンジング |
スイングセンター | : | 振り子運動の基点またはスイングの回転軸 |
スイングプレーン | : | スイングによって描かれる腕とシャフトの面 |
スイングアーク | : | スイングによって描かれるクラブヘッドの軌道 |
スイングテンポ | : | 振り子やゴルフスイングに要する一定の時間 |
基本セオリーを確定することは、基本を定義付けるうえにおいて欠かすことのできない要件である。基本原理とは誰にでも共通する原理原則であるから年齢・性別・技量・経験に係わりなく普遍的な要因でなければならない。プロや達人に共通する要因であっても、厳しいトレーニングや豊富な経験によって完成するものならば基本原理とすべきではない。一般男性にとって容易であっても非力な高齢者や女性にとって困難であれば基本原理ではない。このように基本とは誰にでも当てはまる基本原則にして、容易に習得できる方法であり、熟練すれば達人にいたる道標でなければならない。ワイレン博士もいうように、優れた方法、熟達した技術は世にいくらでもある。しかし特別な才能をもった人か或いは特別な努力をした人だけが達成できる方法とすれば、それは基本定義に反する。基本とは誰もが普通に努力すれば到達できる基準であり、その基準は世界のトップレベルにも繋がる道標でなければならない。そうでなければ学校教育の延長線上に、タイガー・ウッズを筆頭とする世界のトッププレーヤーの名を連ねることは到底不可能である。上達することが教育、教養、人格など人間を向上させる要因と無縁であるならば、ゴルフの本質に根本から反するのみならず、ゴルフを学校教育に導入した意味が無い。学校で習い学生時代に身につけたゴルフが、努力すればそのまま世界のヒノキ舞台にも通じ、青少年時代の夢が社会に出てから開花する可能性を秘めているとするなら、基本セオリーやメソッドの確立は極めて重要な要件であると考えなければならない。
プリスイング原理
プリスイングとはスイング前という意味で、100メートル競走ならスタートラインの位置につきピストルが鳴るまで。ミサイルなら発射台にセットされ発射ボタンが押されるまでの一連の要因をいう。ゴルフではこのプリスイングを重要な要因と考え、原理としてスイングそのものと分けて研究するようになった。通常、特に一般アマチュアプレーヤーはスイング前にアレコレ考えない人が多いが、それは考えてもろくな結果が得られないために、あえて考えない習慣をつけていると弁解する。この理屈には一理あって、ほとんどの場合ろくなことを考えないために、ろくな結果が得られないのが実情だからである。「ダフらないか、トップしないか、OBしないか」というネガティブな考えから「絶対飛ばす、ピタリと寄せる、見ていろ」という超ポジティブなものまで、ろくな考えはない。「へたな考え休むに似たり」の諺どおりである。
しかしゴルフコーチたちの研究によれば、ミスショットの80%以上はプリショットの段階で発生しているという。その代表的要因としてグリップ、エイミング、セットアップがあり原理とされたのである。グリップの重要性は今さらいうまでもないが、グリップひとつで弾道はいかようにも変わるから、グリップが原理の筆頭に掲げられたことは偶然ではない。スクウェアシステムやスクウェアグリップが定着するまでは弾道の打ち分け、あるいは矯正は専らグリップに依存していたから、グリップに関してはいろいろな説があり又こだわりがあった。名手ハリー・バードンがバードングリップを考案してから、オーバーラッピング・グリップが基本となったようだが、米国ゴルフ界の帝王ジャック・ニクラスも王者タイガー・ウッズも、共にインターロッキング・グリップを採用している。二人とも幼い頃にゴルフを始めているから、父親がこのグリップを勧めたのではないかと思うが、いずれにせよグリップの種類や形は選択の問題であり、グリップそのものこそ原理であることを間違ってはならない。帝王ジャック・ニクラスがスランプに陥ったとき、幼い頃からの師匠ジャック・グラウトを訪ね、グリップを僅かに矯正されて立ち直った話は余りにも有名だが、だからといって頻繁にグリップを変えたり、安直に矯正することは危険である。箸やフォークと一緒で、幼い頃から正しい使い方を習っていれば、大人になってさほど苦労することはないが、大人になって根本から矯正されると大変苦労する。
グリップが重要な原理であることの意味を、もう一度かみ締めてみる必要があるのではないか。
エイミングは案外おろそかにされる原理ではないか。実はミスショットの原因の大半はエイミングにあるともいわれていて、狙いを定めるということは大変重要かつ難しい。アーチェリー、射撃、投球いずれも狙いが生命といっても過言ではない。ゴルフの場合、エイミングが狂うとセットアップミスを誘引し、セットアップが狂うとスイングミスを誘引するという連鎖の反応を示す傾向がある。漠然と目だけで目標方向を確認し、足場とボールだけを見つめてアドレスしたとき、ほとんど狂ったターゲットラインに対してセットアップしてしまうことが多い。そこでもう一度方向を確認しても、首と目は自由に動くのでこれで良しと判断することが多い。しかし人間の本能や勘は一瞥して目標を捕らえており、本能的に目標に向かってスイングする傾向がある。これがミスショットを誘発する原因となって、本人が意識しないミスショットを連発することになる。従って、スイング前にグリップ、エイミング、セットアップは連動した行為としてとらえ、同時にチェックするよう心がける必要がある。コットレル博士はGrip、Aiming、Set-upそれぞれ頭文字を取ってGASチェックといっている。
プリショットルーティーン
重要性が認識されてきたスイング前の原理を確実なものにするために、ガスチェックをルーティーン化(作業手順化)することが提案された。ボールの後方2~3mの位置から狙いを定めターゲットラインを想定する。ターゲットライン上に雑草や落葉などの目印を見つけてイメージラインをより明確にし、ターゲットラインに対してスクウェアにセットアップする。もう一度ターゲットラインと弾道をイメージし、雑念を払って「よし!」と思ったら無心にスイングする。手順を間違えたり動揺したときは始めからやり直す。この一連の動作を反復ルーティーン化し、ショットの前に必ず実行する。普段の練習の際もエクササイズとして本番を想定して行うが、実行している人は意外に少ない。このエクササイズでプリショット原理を確実にチェックし、ミスショットの原因を大幅に減らすことによって、一打一打スコアメイクに役立つが、ビッグショットを放つ練習よりも、ミスショットの原因を減らす地道なエクササイズの方が、スコアメイクには遥かに有効であることも銘記すべきである。
練習場におけるプリショットルーティーンでは、四角い打席の四角いマットに合わせてスクウェアにセットアップする練習だから、余り錯覚は起こさない。しかし実際は広々としたコースでターゲットに合わせてスクウェアに構えることは、そう簡単なことではない。アマチュアプレーヤーの80%は既にプリショットの段階でミスを犯し、そのうちの80%近くがターゲットに対してスクウェアにセットしていないといわれている。現実にはアマチュアプレーヤーの80%がプリショットルーティーンそのものを実行していないかもしれない。
インスイング原理
スイング中の原理についてコットレル博士は6つにまとめた。セットアップが完了し「よしっ!」と思ってから、スイングそのものに2秒を要しない。スイングが開始されてから間違いに気付いても、ほとんど修正不可能であり、多くの場合さらに悪い結果を招くことになる。スイング中に考えられることはせいぜい一つか二つで、インスイング原理6つを同時に考えることは到底不可能だ。従ってインスイング原理は普段から充分理解し、かつトレーニングしておかなければ実戦的ではない。インスイング原理は振り子原理そのものであって、軸(スイングセンター)を起点にして、腕とクラブでつくられた振り子が、同一プレーン上を定められた方向(ディレクション)に、一定のテンポで運動(スイングモーション)するとき、振り子の先端クラブヘッドは正確な弧(スイングアーク)を画く。テンポが一定ならば振り子が長いほど弧は大きくなり先端(クラブヘッド)のスピードも増す。振り子時計を見ればすぐ理解できる極めて自然な物理運動で、人間の意志は何処にも見当たらない。従ってインスイングでは余計な考えや感情を排除して、自然にスイングすることが最善であるといわれている。インスイング原理はあくまでもスイングの物理的メカニズムを説明するもので、プレーヤーに対する指示助言でもなければメソッドでもない。
スイングモーション
スイングモーションはスイングするときの腕と体の身体運動のことである。腕の動きとしてフォーアームローテーションとヒンジング、体の動きとしてショルダーターンとウェートシフトがあるが、四つの動きはいずれも生体原理に他ならない。人がクラブを振ってスイングするとき、四つの生体原理を働かせると無理なく機能的に運動できると考えられているが、スイングモーションもインスイング原理と同じで、自然な体の動きであり生体メカニズムに他ならない。 コットレル博士は「スイングとは自然な体の動きであり、決して力を入れて振り回すことではない」と強調する。多くの人はプロのスイングを真似て無理やりそのような形を作ろうとするが、プロの鍛え上げた肉体構造とスイングメカニズムは簡単に真似できるものではない。ワイレン博士はプロや達人のスイングメカニズムを分析して共通点を原理として導き出した。コットレル博士はその原理の中から簡単明瞭にして重要不可欠なる原理を選択した。スイングという身体運動メカニズムを、これ以上簡単明瞭に説明することはできない。
演繹法による育成
演繹法による育成指導は教育の基本原則である。育成とは未完成な人間に到達目標を掲げ、その目標を達成する方法を明らかにし、その目標に向かって努力する意欲を持続させることである。だからマネジメントやコーチングと同じような意味に捉えることができる。未だ実現されていないゴールを設定し、ゴールまでのプロセスを明確にし、ゴールに到達できる最良手段を提案する。これらが示されて初めて人は努力してみようと思い、その努力を継続することができる。しかしゴールが何処だか分からず、プロセスが曖昧で手段が確定できなければ、人は誰でも目標達成に疑問を抱き努力する意欲を失う。ワイレン博士が発見したボールフライトロウの「誰が打っても結果はインパクトの瞬間の物理法則に従う」という結論は、指導現場においても目的を明確にし、必要原理も選択手段も実に明確に定めることができるようになったのである。選択された合理的トレーニングによって普遍的原理を満たせば、理想的スイングが形成されて目標とする弾道のボールが打てるようになる。帰納法による指導を教育現場に導入していた時は、試行錯誤と矯正の反復によって生徒と指導者の間に不信と混乱が起きていたが、演繹法による指導を導入してからは、整然としたグループ育成指導や教程指導が可能となった。ワイレン博士のいう「指導の合理的モデル」は、法則原理を見据えた演繹法によって実現することが可能になったといえよう。
この考えに基づいてプログラミングされたNGF-FE制作「Enjoy Golf 10 Lessons」、「National Golf School 40 Lessons」であるが、エド・コットレル博士監修によって、スイングの完成とゴルファーの完成をゴールに目標とテーマを掲げ、テーマの達成に必要な原理原則やセオリーメソッドを学ぶシステムを構築した。このシステムはワイレン博士がボールフライトロウを発見し、普遍の原則を導き出してくれたからこそ、必要な原理や原則を集約し、手段や方法を選択することができたのである。多くの人が努力し工夫をして到達した道も、フィードバックして比較検討すれば、無駄を省いた絶対必要な共通ルートを見出せる。先人たちの数えきれない試行錯誤の中に、万人に適用できる共通の普遍原則が発見され、普遍原則を叶えながら目標を達成できる選択肢の中から、合理的と思われるものを組み合わせる作業は、テイラーの科学的管理法にも似てゴルファー育成と人材育成に大きく貢献すると思われる。
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