- ゴルフ基礎原論
- 目 次
- 第一部 ゴルフゲーム
- 要 綱
- INTRODUCTION
- 第一章
フィロソフィー - 第二章
セオリー - 第三章
メソッド - INTRODUCTION
- -1 スイング形成と矯正
- -2 スイングコントロール
- -3 ピッチ&チップ
- -4 スクウェアシステムと
ボールコントロール - -5 バンカーメソッド
- -6 パッティングメソッド
- 第四章
ゲーム - 第五章
サイエンス - 第二部 ゴルフマネジメント科学
THE GOLF FUNDAMENTALS
- ゴルフ基礎原論 第一部 ゴルフゲーム -
Section 3 ピッチ&チップ
-2 | スイングコントロール | << | >> | -4 | スクウェアシステムとボールコントロール |
グリーン周りのアプローチという局面に入ると5段階ストロークコントロールは威力を発揮する。確率のゴルフを提唱するデーブ・ペルツは、飛ばしのゴルフを提唱するブッチ・ハーモンに対して「ゴルフゲームの60%はショートゲームで決まる」と挑戦的に言う。この二人を講師に呼んで開催された1996年度アメリカセミナーでは、常に斬新なアイデアを提案してレッスン界をリードしているこのふたりのプロコーチのやり取りから、ゴルフの本質を学ぶうえで大きな収穫があったが、基本を整理せずに彼らの提案を鵜呑みにすると惑わされる恐れがある。というのはメソッドも、体系化されたセオリーの裏付けの下に、一つひとつが機能的に関連しているからこそシステムとして機能するのであって、どんな素晴らしいアイデアといえども単独で機能させると危険が伴う。コーディネーターを努めたコットレル博士がまとめた5段階ストロークコントロールとピッチ&チップの概念は、アプローチメソッドとして改めて確立された方法であることを再認識することができた。ピッチもチップも新しい概念ではなく、既にボビー・ジョーンズの時代から実践されていたメソッドである。しかし明確に定義されたのはNGF基本テキストからであって、従来はピッチングアプローチ、ピッチエンドラン、ランニングアプローチなどの言い方で漠然と表現されていたが、依然として達人やプロの技にかわりなく、学ぶに容易ではなかった。
個人の経験に基づく一つひとつの技が体系的に整理され、定義されてシステムになったとき、万人普遍の基本メソッドとして定着する。百家争鳴のアプローチ技術も5段階ストロークコントロール概念によって、体系的アプローチメソッドとなった。
ピッチショット
ピッチとは投げるの意味で、ウェッジなど一定のクラブでストロークの大きさを変えて距離調節するアプローチ技術をいう。ある人のデータから次のような距離表ができたとする。
PW | AW | SW | ||||
7時-5時 | 10ヤード | 8ヤード | 6ヤード | |||
8時-4時 | 20ヤード | 15ヤード | 10ヤード | |||
9時-3時 | 60ヤード | 45ヤード | 30ヤード | |||
10時-2時 | 80ヤード | 65ヤード | 50ヤード | |||
フルスイング | 100ヤード | 80ヤード | 60ヤード |
ここに示した選択クラブと距離との関係に何の整合性もないし、基準値となるべきものもない。各人の使用クラブを使って実測し、自分なりにこの表を作ってみれば分かるが、近似値が出る場合もあれば全く違う数値になることもあるはずだ。間違いないことは、数値が逆転することだけはありえず、例えば同じクラブを使ってストロークを大きくするに従って距離が短くなり、ロフト角度を大きくするに従って距離が長くなることは絶対ありえない。これは原理であるから実験し証明する必要はなく、まずは自分のスイングに疑問を持つことが大切である。100回繰り返したところで、自分のストロークが毎回正確に反復されるはずはなく、人為的に同じ条件が設定されるはずもない。人の行為や行動に整合性がないのも原理であると考える柔軟性こそ大切ではないか。
ストロークの大きさを変えたりクラブを変えて距離を調節する方法は昔からあったことで、メソッドとして大騒ぎするには値しない。そもそもウェッジなどというアプローチ専用クラブが世に出たのが、僅か半世紀ほど前の話で、それ以前はひたすら経験と勘によってその都度、状況に対応していた。9番アイアン一本で高く上がり止まる球、低く出て転がる球、ロングアプローチ、ショートアプローチ、バンカーショットと自由自在に打ち分けていた。経験と勘によるワザの世界には見る者を魅了するものがあるが、それらは全て本人の工夫と努力によって磨かれ、本人の中で完結するものである。進化したワザや技芸は何処まで次世代に伝達できるか、大昔から職人や達人の課題であったように思うが、現実は職人気質とか芸人気質といって他人に教えない、盗まれないためための努力の方が、遥かに多く払われてきたのである。それは当然のことで、歴史上どの時代をとっても常に厳しい競争社会があり、その中で絶対優位を保つことこそ生存の秘訣だったからである。
ゲーリー・ワイレンがボールフライトロウを発表した1970年代はまだ戦国時代の如く、職人や達人たちが自分の得意技を披露し、その得意技を生活の糧として生きていた時代といえる。それだけに彼らが披露する技は目を見張るものがあり、アプローチやバンカーショットにもミラクルと思わせるワザが数知れずあった。そのワザを見せるだけでお金になる良き時代でもあったわけで、民衆化・大衆化時代の訪れと共に一部スターの日陰の存在として段々と姿を消していったのである。大衆とは手頃な値段で特殊技術が購入できるなら喜んでお金を出すものだから、職人や達人の技を道具に託して嬉々として買い求める。ソフトはハードとなり技術は商品となって市場に出回り、大量消費社会を支えるエースとなる。
このような時代背景の下に9番以上のロフト角度のある数々のアプローチウェッジが商品として市場に出回るようになったが、上野喜久男著「名器の系譜」によれば1930年代初頭にWilson社からボマーアイアンと称するソールにバウンスが付いた、ピッチ&バンカー用のデュアルウェッジが発売され、その後各社からさまざまなウェッジが作られたとあるが、アプローチ技術を金で買おうとする風潮は既にこの時代に始まっていたと考えられる。しかし便利な道具として商品化されたクラブが世の中に出回われば、世の中には必ず卓越した人間が存在するもので、更にその上を行く技術を開発することになる。
やがてこの卓越した技術も大衆化し、子供でも学べる基本メソッドになって学校教育や一般社会に普及していくことになる。かつてはミラクルだったローピッチ、ピッチエンドラン、ハイピッチ、ロブショットなどクラブを変えるだけで誰でもできる技術となり、これらの特殊技術は最早この段階でメソッドというより、単に各道具の機能というべきかもしれない。メソッドとは万人に必要な普遍的方法手段のことで、この意味からすれば「ピッチショットとはストロークの大きさを変えて、各クラブの距離弾道を調節するアプローチの方法」と定義することができるであろう。
チップショット
チップとは芝を削ぐとか切り取るという意味で、スイングを小さく一定に保ちながら、クラブを変えて距離調節するアプローチ技術をいう。チップショットはスコットランドのリンクスランドでは、当たり前の技術として定着していたものと思われる。リンクスランドでは、高く上げて止めるピッチショットなど何の役にも立たず、そんなアプローチをしていたらゴルフにならない。ランニングアプローチといわれる方法で、ひたすら手前からバンカーを避けてボールを転がすしか手はない。特に強風の最中にあってボールを高く上げようものなら北海まで運ばれてしまう。
ハリー・バードンはじめイギリスからアメリカに遠征した名手たちは、本場のランニングアプローチを盛んに披露したと思われるが、あくまでも経験と勘による職人技で、簡単に真似のできる代物ではなかったはずである。しかし頭が良く勉強家の若きボビー・ジョーンズは、いち早くこの技術をシステム化し自分のものにしている。彼の著書「Down the Fairway」に彼の得意なアプローチ技術として語られているが、いろいろなアイアンを使ってパットのようなショートスイングをし、最も近いグリーン上にボールを落としてカップに近づけるアプローチ方法は、実に簡単でおもしろいように決まったと書いている。秘訣はキャリーとランの距離を判断する点にあったようでニブリックだのジガーだの当時の固有名詞を持ったアイアンを使い分けて、グリーンの一番手前にボールを落とし、ランニングでピンそばに寄せていた様子が窺える。著書で詳しく書いていないが、ボビー・ジョーンズは明らかにチップショットによるシステマティックなアプローチ方法を確立していたと思われる。
彼の言葉によれば、このアプローチの秘訣はグリーンの一番手前の端にボールを落とすことだそうだが、その地点からカップまでの距離と状況により使用クラブが変わるという。つまりグリーン上の最も手前にオンさせて、そこから何ヤード位ランさせればピンに近づくかを計算してクラブ選択していたようだ。一定のショートストロークに対して、クラブを変えればランの距離が変わるというチップショットのメカニズムである。このメカニズムを理論的に説明したのはゲーリー・ワイレンが最初であったが、このとき既に青木功プロは自分のメソッドとして黙って実行していたのには驚かされる。他の多くのプロはウェッジ一本でローピッチ、ピッチエンドラン、ハイピッチを打ち分け、ランニングアプローチのときはミドルアイアンを使って転がしていたが、方法は各人各様でシステマティックとはいい難かった。いやアマチュアが簡単に真似できる技ではなかった。
チップショットそのものについては、1975年発行されたNGF「Golf Coaches Guide」の中で、デューク大学コーチでPGA・LPGAティーチングプロのロッド・メイヤーがアプローチメソッドとして紹介している。この段階ではウェッジを使ったアプローチ技術の一つであり、まだシステム化されていない。「一定のショートスイングで、クラブを変えることによってランの距離を調節するアプローチシステム」と定義したのはワイレン博士と考えてよいだろう。この方法は誰でも理解できて実行できる基本メソッドとなり、今では多くのトッププレーヤーも利用している。しかし近年、グリーンアンジュレーションが複雑になる傾向にあり、そのうえ高速グリーンがつくられるようになったため、ランの予測が難しくなってきた。以前のように、ほとんどのコースが何処からでもランの予測ができる受グリーンを採用していた時代は、ランニングアプローチこそ安全確実なメソッドといえたが、今では状況判断したうえで選択しないと、反ってリスクの高いメソッドになりかねないこともある。
近年チップショット専用のチッパーと称するクラブが使われるようになったが、このクラブはグリーン回りからパターと同じ要領で使う点においてチップショットとは異なる。つまりチップショット専用といっても、一定のクラブを使いストロークの大きさを変えて距離調節する点で、チップショットとは異なりパットと同じ技術と考えられる。この技術は、往年の名手ポール・ラニアンが7番アイアン一本でグリーン周りから芸術的なアプローチを披露していたワザだ。近年よく見られる複雑なアンジュレーションや高速グリーンは、プロトーナメント会場やメンバー専用コースでは歓迎されるが、パブリックや準パブリック或いはリゾートコースでは歓迎されない。一般アマチュアプレーヤーが初めて訪れたり、時たまプレーするにはアプローチやパットの予測が難しく、スコアにならなくて楽しくないからである。グリーンやグリーン周りが難しくなればなるほど、メソッドはSimple & Easyの原則に基づかなければならないし、体系的にシステム化されなければ実践基本技術として役に立たない。アプローチに関してはピッチとチップを基本メソッドと定めSimple & Easyにシステム化することによって、誰でも何処でも利用できる応用力の高いテクニックとなった。各種ウェッジやチッパー、ロブショットやバンプ&ランなど全てピッチ&チップの応用と考えて差し支えない。誰もがいろいろなクラブを使っていろいろなショットができるようになったのは、メソッドがシステマティックに単純化されたからといえよう。
-2 | スイングコントロール | << | >> | -4 | スクウェアシステムとボールコントロール |