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National Golf Foundation College Textbooks
THE GOLF FUNDAMENTALS
-  ゴルフ基礎原論  第一部 ゴルフゲーム  -
第五章 サイエンス
Section 1 フィジカルサイエンス

フィジカルサイエンス-physical science-といわれる分野は生体運動や物理現象に関する分析や研究を指し、ゴルフではスイングメカニズムや弾道飛距離のことになるが両者は不可分の関係にあるので、この領域を総称してバイオメカニクス-biomechanics-生体力学などと言っているようだ。ゴルフはスイングが全てであり飛距離が命と考えている人は、この研究領域に重大関心があると思われるが、先に触れた如く新聞雑誌や出版物、ゴルフ学会研究発表の80%以上はこの分野で占められているのも事実である。この分野の原典ともなる「Search for the Perfect Swing」の内容を見れば、スイングと弾道に関しては既に研究し尽くされた感がある。だからこそゲーリー・ワイレンはオレゴン大学院で研究テーマとして飛球弾道を専攻し、学位論文を書いて博士号を取得した。この内容については第二章セオリー Section 1で詳しく説明したとおり、ワイレン博士自身がPGAマガジンで発表した「法則・原理・選択性の理論」そのものである。この内容についてその後、米国ゴルフ界で異議を唱える者はいないし、これらの研究成果を前提にして、更に発展させているのが実情である。
1990年、NGFはエド・コットレル博士指導の下にスイング6原則からなる基本セオリーをまとめ、方法論として基本メソッドを体系化することができた。現役プレーヤーでこれらのセオリーやメソッドを逸脱し超越するものはひとりもいないし、今後も暫らく出現する可能性は少ないと思われる。ゲーリー・ワイレンが唯一示唆したが「ひょっとすると100年以内にテークバックの開始位置がボールの位置からクラブを水平に構えた位置に変わるかもしれない」という程度である。この変化すら単なる方法論の選択に過ぎず、法則原理に何ら変わるところが無い。このように考えていくと、フィジカルスタディに関する基礎研究は既に極めたと考えても良いのではないか。少なくともイノベーションに繋がる研究は当分ないだろう。今まで研究されたフィジカルスタディの分野を大雑把に区分するとスイングメカニズムに関する領域、ボールの動きに関する領域に大別される。

スイングメカニズムに関する研究

 

(1) インパクトゾーンの研究
全てのプレーヤーがスイングのどの過程でボールをヒットすればよい結果が得られるかを真剣に考えたはずである。クラブヘッドがボールに衝突した瞬間こそインパクトであることは誰でも分るものの、その瞬間を迎えたときスイングはどのような状態だったか。頭は顎は肩は右腕は左腕は手はグリップは腰は右足は左足は体の動きは。これがフィジカルスタディの中心をなし、結論の無い分析と解説を繰り返してきた。これからもこの領域だけで数十社の出版社と数千人のレッスンプロが生きていけるほどである。
どんな奇怪なスイングをしようと、ぶざまなスタイルに見えようと目の覚めるような弾道が生まれることがある。しかし偶然が生んだ結果は限りなく神秘的でミラクルそのものだから人は感動する。万に一回の偶然性から生まれた奇蹟の弾道を帰納法的に原因を探求してみたところで、所詮は偶然が重なったものから真理に辿りつくことはできない。ワイレン理論にみる如く「誰が打とうと、どんなスイングをしようと、ボールはインパクトの瞬間に生ずる物理原則に従って飛ぶことしかできない」と冷静に言われては、ロマンも感動も吹き飛んでしまうが、人は神秘を求めて当てのない旅をしたがる習性はなくならない。従って、インパクトゾーンのフィジカルスタディはこれからも長く続くに違いないが、既存概念を覆すような画期的セオリーやメソッドが考案開発されるには100年の歳月を要するに違いない。法則原理が定まったということは、ひとまず新発見やイノベーションが完了したことを意味する。

 

(2) ヘッド軌道の研究
ヘッド軌道は多く人たちによって研究された形跡があり「Search for the Perfect Swing」でも、正面から観察したヘッド軌道の軌跡、手と腕の軌跡、シャフトの軌跡、三点の相関関係などをスティックピクチャーや高速分解写真を使って観察した研究が取り上げられている。多くはクラブヘッドの加速性とクラブフェースの反転性のメカニズムを解明しようとしているが、初級者と上級者の間には大きな差異がある反面、上級者間には共通点が多いことから、そこに技術的な秘訣が存在すると考えられた。レバーシステム、レートヒット、ローテーション、ヒンジング、左サイドリード、リストコックなどの概念が導き出され、その機能が研究されている。
後方から観察したヘッド軌道を外輪とするスイング全体の軌跡からプレーンの概念が導き出され、スイングを回転する車輪や円盤と見て弾道方向を決定する重大要因とみなした。更にプレーンには角度があり、アップライトスイング、フラットスイングなどの概念が導き出され、身体や弾道に与える影響が研究されている。ヘッド軌道の大きさや長さからスイングアークの概念が導き出され、ヘッドスピードと密接な関係があることから、ボールの飛距離を決定する要因であることが解明され、結果的に長尺クラブの開発に結びついている。

 

(3) スイングモーションの研究
スイングをする全体運動を振り子運動とみなしたペンデュラムの概念、回転運動とみなした回転軸やスイングセンターの概念、部分運動からショルダーターン、ボディーターン、ウェートシフトなどの概念を導き出し、スイングを構成するメカニズムが研究されている。サム・スニードが余りにも流麗なスイングを披露したため、ワンピーススイングという概念が生まれて、体とクラブの動きは一体であるのが理想と考えられた時期があった。そのためかゲーリー・ワイレン博士も「法則・原理・選択の理論」の中で物理原則と生体原理を峻別せずにスイング原理としていた。後にエド・コットレル博士が峻別整理したが、バイオメカニクスという生体力学の領域では余り明確に区分せずに研究しているようにも思える。
スポーツには常に「限界への挑戦」という命題があり、最大パフォーマンスを追及する使命があるからかも知れないが、それはプロスポーツの考えで、アマチュア特にゴルフの領域では決して感心した考えではない。ゴルフは常に「合理パワーや最適パフォーマンス」を追及しており、ゴルフが本来スポーツよりもゲームの性格が強く、肉体よりも精神の領域が深く、瞬発力より持続力が求められるからであろう。

ボールの動きに関する研究

ゴルフが典型的な球技である以上、ボールの動きに関する研究は重要である。ゴルフボールはショットゲームとパットゲームで全く異なる動きを示すので、それぞれ異質の研究がなされている。ショットゲームの領域ではボールの曲がり具合と飛距離に関する研究が、パットゲームの領域ではボールの転がり具合とカップインの確率に関する研究が中心となっている。

 

(1) スピン研究
ボールの曲がり具合も飛距離もボールの回転と密接な関係があることを突き止めてから、スピンとディンプルに関する研究が盛んに行われるようになった。弾道学-Ballistics-といわれる領域で、凹凸のついた球体が回転しながら空気中を飛ぶと、球体の周りに異常な空気の流れが生じ、マグナス効果といわれる一種の揚力が発生し、ボールを引っ張る力に変わることが明らかになった。
ボールの回転には垂直回転と水平回転、両者の混合回転があるが、垂直回転にはオーバースピンとバックスピンが、水平回転にはフェードとドローのサイドスピンがある。ゴルフボールは回転の種類によって全く性格の異なる弾道を画き、スピン研究が進んでからゴルフゲームが戦略的に大進化した。1970年代まで、弾道はスイングの結果であって「ままならぬもの」とされていたが、「ボールフライトロウ」が発表されてから弾道は「意のままになるもの」に変わった。一定のスイング-One swing-によって、クラブフェースの向きを変え、ボールの位置を変えることで弾道は自由自在に打ち分けられることが分った。これはゴルフにとって画期的なイノベーションで、弾道をプレーヤーの意思で操ることができれば、ゲームは極めて戦略的に進めることができる。
21世紀に入ってトーナメントが画期的に変化したのは、このイノベーションの影響によるもので、ゴルフは明らかにマネジメントゲーム化したのである。換言すれば21世紀のゴルフゲームは科学的、戦略的になったといえる。このような時代になるとボールコントロールがゲームの鍵を握り、企業は開発費を惜しみなく投資して、ボール性能を徹底的に研究するようになった。製造技術の進歩もあって、結局はどのボールが一番良いのか消費者には訳が分らなくなり、よく調べてみたら多くのボールが中国の同一工場で製造されていたというのが落ちである。これをグローバル社会というのであって、結局のところワイレン博士が言うとおり「どのボールも打たれた通りにしか飛ぶことができない」のが法則である。

 

(2) パット研究
ショットゲームからパットゲームに舞台が転ずると様相は一変する。どんなイノベーションが起きようとも、科学技術が進歩しようともパットゲームにおけるボールの動きは「全く意のままにならぬもの」なのだ。初心者が貸パターで中古ボールを打つパットと、プロが伝来パターで最高級ボールを打つパットと、どちらが先にカップインするか誰も予想できない。これがパットゲームの普遍原則である。ゴルフゲームを限りなくおもしろくし、限りなく難しくしている根本理由ともなり、人生に例えられる所以でもある。仮に科学技術の進歩によって「ノースリーパット・パター」や「ワンパット・パター」が開発されたと聞いて誰が信じるか。「無病を約束する薬」や「無事故を保証する保険」と何ら変わらず、聞いた瞬間ウソと分るからである。
パットゲームにおけるボールの動きはフィジカルサイエンスの手に負える代物ではない。しかしながら「Search for the Perfect Swing」の中に「Science on the Greens」という一篇の報告があり、ボールの転がり具合を物理的に観察した結果が書かれているので大変参考にはなる。例えば「アセンディングブロー、レベルブロー、ディセンディングブローに打ったパットは、初動スピンの違いによってボールの外周速度と本体速度が異なり3%前後の距離に影響する」。「スウィートスポットを外して、パター先端部分でパットすると右方向に打ち出され、手前部分でパットすると左方向に打ち出され、ともに距離は落ちる」。更に「三種類の型のパター;センターシャフト、ブレード、マレットを比較するとセンターシャフト型のパターが他の型より僅かに1~2%程度、精度が高い」。と報告されているが、この程度のことは少し経験を積んだゴルファーなら、殆どの人が承知している。従ってフィジカルサイエンスの領域で、パットについて研究したところで所詮は限界があり、メンタルサイエンスの領域に委ねなければ益々もって「イップス病患者」が増える一方である。

飛距離に関する研究

これほど熱心に研究された領域もあるまい。人間の本能にも近い願望で「誰より飛ばしたい、もっと飛ばしたい、飛ばし屋と言われたい」という思いは誰の心にも潜在的に存在するようだ。ところが不思議なことに思いの大きさや努力の痕跡は無数にありながら、結果として残された秘訣やノウハウは何ひとつ無いに等しいのは一体どうしたことか.完璧なスイングを求めて始められたアンスレイ卿実験チームの研究成果は、1968年一冊の本として発表されたが、実は結論として「完璧なスイングは世に存在しない」というものだった。スイングが人間の動作である以上、完璧であろうはずが無いことは最初から分っていたことで、実験はむしろそのことを証明する結果となった。更にこの研究が始まった時点において、既にサム・スニード、バイロン・ネルソン、ベン・ホーガンが完璧に近いスイングを完成させていた証拠に、この後スイングそのものが進化した形跡は全く窺えない。何を進化というか改めて問い直されると困るが、少なくとも言えることは、その後に続くトッププレーヤー達が全て先人のスイングを手本にし、基本技術としていることである。
では飛距離に関する研究はどの分野で行われたか。実は人間科学というよりは金属工学や流体力学などの工業科学分野の研究によって飛距離は進化したのである。ワイレン理論の「誰が打ってもボールは法則に従って飛ぶ」という定義によってクラブは開発され、結果「誰が打ってもボールは飛ぶ」ようになった。つまり法則とは「Search for the Perfect Swing」によれば、
反発係数1.0のクラブフェース中心部で打ったとき
  ドライバーの飛距離=ヘッドスピード(メートル/毎秒)×5倍
「Ball Flight Lows」によれば、
  飛距離はヘッドスピードと打点位置に影響される。
それならば誰が振ってもヘッドスピードが速く、しかも打点位置に影響されないクラブを開発すれば市場のニーズに応えられるではないか。この開発コンセプトによって「軽量・長尺・大型ヘッド・ワイドスポット・高反発」などの条件を満たすクラブが次々に商品化され、「もっと飛距離が欲しい」という人間の欲望を満たす商業主義の前に、本来のフィジカルサイエンスは仮死状態に陥った。

ウェートシフト研究

このような時代風潮の中にあっても、地道なフィジカルサイエンスの実験研究が行われていたことも忘れてはならない。例えば日本大学教授・川島一明博士が30年にわたって臨床実験した研究結果は、ワイレン理論やコットレル理論を検証するものとして高く評価される。「身体機能とゴルフの科学;川島一明・日本大学教授(人間工学博士)」。川島博士はウェートシフトに注目し、性別・体型別・技量別に被験者をグループ分けして、それぞれの特性傾向をデータ化し分析している。ウェートシフトはコットレル博士が定義したスイング原理のひとつで、飛距離に関する重要な要因になっているが、ワイレン博士もダイナミックバランスという表現でスイング原理に組み込んだものである(第二章 Section 2参照)。
川島実験データによれば、ウェートシフトの変化は技量の違いによって顕著に現れ、スイングの安定性すなわち距離弾道の正確性に影響することが予想できるが、ウェートシフトと距離方向性の関係は未だデータ化されていない。今後ウェートシフトと距離方向性との関係が分析解明されると、飛距離の向上だけでなくスイングの安定性に役立つだろう。現代スイングはクラブが軽く長くなった分、スイングアークが大きくなりヘッドスピードが速くなった。従って下半身の安定は一層重要になり、特にスイング軌道を安定させるためにもウェートシフトの役割は大きいはずである。生涯スポーツにふさわしくゴルフの競技年齢は一層高くなり、少子高齢化と相俟って70代・80代のプレーヤーの比率は一層高まるであろう。高齢者最大のウィークポイントは下半身筋力とバランス感覚の減退であることを考えれば、知識経験が豊富なシニアゴルファーの競技力を支える土台となるセットアップバランス、ウェートシフト機能を研究することがフィジカルスタディにとって重要課題であることはいうまでもない。

今後の研究課題

前述した如く1970年代以降スイングメカニズムに関する研究に大きな成果は見られなかったが、スイングそのものを探求する時代が終ったことを意味するのかもしれない。そうであるならば、ゴルフ愛好者の層が広がったことや高齢化したことを考えて、スイング障害の問題や生涯スイングあるいは安全スイングの研究に期待したい。スイングによって腱鞘炎や腰痛あるいは骨折を起こす人は数知れず、60代になってゴルフを始めた人に若い指導員が「大きく振れ、肩を回せ、しっかり叩け」と叱咤激励する光景を見るにつけ、高齢者自身が親身に研究して欲しいと思う。同時に女性ゴルファーが増加しているにも拘らず女子の立場でゴルフを研究する人は極めて少なく、米国NGFの教育プログラムが女性によって開発されたことや、ハンディキャップが英国女子ゴルフ協会によって研究されたことを考えれば、日本でも女性による研究開発に大いに期待したいところである。高齢者の身体特性は高齢者自身でなければ理解できないし、女性は女性自身でなければ気が付かないことが多いはずである。だからといって高齢者は高齢者同士シニアゴルフとして、女性は女性同士レディスゴルフに分別してゴルフライフを楽しめば良いではないかという考えは、全くゴルフの本質を知らない時代逆行の暴論である。国民生涯スポーツとは体力・年齢・性別・技量を超越して同じフィールドで共に楽しめることが大前提で、ゴルフはその全ての条件をクリアできる類まれな、むしろ唯一ともいえるスポーツゲームである。だからこそ誰とでも無理をせず共に楽しめるコンディションを作るフィジカルスタディが必要なのである。