- ゴルフ基礎原論
- 目 次
- 第一部 ゴルフゲーム
- 要 綱
- INTRODUCTION
- 第一章
フィロソフィー - 第二章
セオリー - 第三章
メソッド - 第四章
ゲーム - 第五章
サイエンス - INTRODUCTION
- -1 フィジカルサイエンス
- -2 メンタルサイエンス
- -3 ロジカルサイエンス
- -4 デジタルサイエンス
- -5 飛距離に挑戦する
科学技術開発 - -6 科学技術開発と
人間能力開発 - 第二部 ゴルフマネジメント科学
THE GOLF FUNDAMENTALS
- ゴルフ基礎原論 第一部 ゴルフゲーム -
Section 2 メンタルサイエンス
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メンタルサイエンス-Mental Sciences-といわれる分野は心理学、大脳生理学、精神医学、思想哲学など人間の心や精神の領域を扱い、競技や勝負の世界における強靭な精神力、目標や目的を達成する強固な意志を養うための研究が多い。ゴルフのメンタル性は誰もが感じ、かつ多くの人によって語られてきたにも拘らず、体系的ないし学問的にまとまったメンタルスタディが余り見当たらない。たまに見かけるのは個人の体験に基づく精神論か第三者の観察論で、少なくともサイエンスといえるほどのものではない。ゴルフゲームは特徴として誰の目にもフィジカル性よりメンタル性の方が強く見えると思うが、フィジカル面を扱った研究が実に多いのに比較して、メンタル面を扱った研究は殆ど見かけない。ちなみに600頁に及ぶ米国PGAティーチングマニュアルでさえも多くを語らず、僅かに次のような文献を紹介しているに過ぎない。
The Mistery of Golf ;T.A.Haultain 1908
The Spychology of Golf ;Leslie Schon 1922
The Brain and Golf ;C.W.Bayley 1924
Mental Handicaps in Golf ;Theo Hyslop 1924
The Mental Side of Golf ;Charles Moore 1929
The Mental Side of Golf ;Kenneth Thompson 1939
Golf is Mental ;Dr.Archie Hovanesian 1960
Golf of Kingdom ;Michael Murphy 1972
Golf God’s Way ;Gus Bernerdoni 1978
The New Golf Mind ;Gary Wiren & Dick Coop 1978
Mind Mastery for Winning Golf;Robert Rotella 1981
The Golfing Mind ;Vivien Saunders 1984
ルーテロ博士の研究
米国を代表するスポーツ心理学者ルーテロ博士は、多くのトッププレーヤーを実戦的に指導し優勝に導いている。トム・カイトのような真面目で几帳面な選手には、どのような緊張場面でも普段どおりの行動ができるよう、ショットやパットをする前の手順を徹底的にルーティーン化し、反復練習するよう指導している。実力のある選手でも決勝ラウンドのバックナインに入ると、緊張したり優勝を意識して普段の力が全く発揮できないどころか、自分が何をしているかさえ分らなくなるという。平常心を失った状態で平常心を取り戻そうとしても所詮無理な話で、何も考えられなくなった異常な精神状態の中で普段反復しているルーティーン通り実行することこそ本来の力を発揮する方法という。
また、ジョン・デイリーのような精神的に不安定な選手に対しては、人生の意義目的を説き、家族の生活を支える大事な仕事であることを認識させて自覚を促すようにしたそうである。現実から逃避してアルコールに依存したり、目的を見失ったりした場合にはプレーに対する集中力をなくし、実力やパフォーマンスを発揮することができない。練習にすら身が入らない。精神不安定は心理以前の問題で、もはや魂の領域に踏み込まなければとても解決できない。メンタル性の奥の深さを思い知らされる。人生や生活を賭けてゴルフをするプロゴルファーにとって、ゴルフは職業であり仕事であるが、それは極めて高リスクの私たちとは無縁の博徒の世界であることも忘れてはならない。
ワイレン博士の大脳生理学
ゲーリー・ワイレンは心理学者ディック・コープ教授と共同で、ゴルフにおける大脳の働きについて研究している。思考や行動を司る大脳は左右二つに分かれており、左脳はアナライザーとしてゲームの状況を分析し判断する役目を負うのに対して、右脳はインテグレーターとして実行する役目を負っているらしい。ゴルフの特徴として、状況分析や状況判断をする左脳の助けを借りないと、反射神経に反応して動物的に行動に走る右脳だけではゲームにならないという。ゴルフは思考に240分を費やし、行動に3分しか要しないスポーツゲームであるから、左脳は右脳の80倍働くことができる。このような考えに基づいて左脳に役目を負わせ、右脳を効率的に働かせて良い結果を出そうとする研究は典型的なメンタルサイエンスといえるのではないか。
一般のアマチュアゴルファーはゴルフを楽しみ過ぎて240分間ゲームのために左脳を使っていない。スイングする直前の数秒間だけ左脳を使うから、右脳が混乱した状態のまま行動に移してしまうのが悲しい現実だ。ワイレン博士もそのことに気付いて、この本を書いたのではないか。私たち一般アマチュアゴルファーは内心「うまくなりたい」という強い願望を持ちながら、どうしてよいか分からずに諦めてしまっている場合が多い。普段は左脳を使って仕事をしている知識労働者ですら、一端ゴルフコースを目前にすると自らを「百十の王」と称して右脳だけで山野を駆け巡る。プレー中は殆ど左脳を使うことなく、ゴルフを終って帰宅したあと初めて反省し、左脳で真剣に考えるのである。
大脳生理学的研究は人間の行動原理やメカニズムを理解するうえで役に立ち、ゴルファーにとっても大変有意義に思われる。というのはゴルフが人生ゲームに例えられるとおり、本能のままに行動していて常に失敗の繰り返しに終わり、いつまでたっても成長が見られないからである。ゴルファーの80%近くはそのようなゴルフライフに終わるといわれているが、ワイレン博士が私たちに大脳生理学的立場から指導しようとした意図はその辺りにも充分に窺える。
本来のメンタルスタディ
前述したとおり、プロゴルファーと私たち一般アマチュアゴルファーとはゴルフをする目的も世界も全く次元が異なる。大衆ゴルファーにとって心理学だの精神医学など余り必要ないばかりか、むしろこの領域のお世話になるようなら一刻も早くゴルフを止めた方が良いかもしれない。ゴルフをする意味が無くなってしまうからである。私たちにとってゴルフは生活に潤いや喜びを与えてくれるもので、人生を豊かにするものでなければならない。だからこそゴルフは数百年にわたって多くの人たちに愛され親しまれてきたのである。その多くの人々がゴルフを通して倫理道徳を学び、知性感性を養ってきたことはゴルフの歴史が証明するところである。それにも拘らず大衆ゴルファーが、心理学や精神医学のお世話になるとすれば、もはやその人にとってゴルフは楽しみではなく苦痛となっているとしか思えない。しかし、プロアマ問わずアスリートといわれる競技選手には容赦なくこの苦痛が襲い掛かる。かつて著名選手で最近名前を聞かなくなった人を調べれば、その多くは心理的プレッシャーから精神異常をきたし低迷するか引退しているはずである。このような人たちはゴルフをすることが楽しいと思ったことなど一度も無いと言い、ゴルフから逃避できない苦痛から強い精神的圧迫を受けているものである。一般大衆ゴルファーは決してこのようなゴルフとの係わり方をしてはならない。
ゴルフはメンタルスタディ
ゴルフの効用についても多く語られている。緑とそよ風の中を一日中歩く健康的なスポーツである。都会の喧騒を忘れて子供のようにボールを打って追い掛け回す無邪気な遊びである。老若男女、世代を超えて親しく交わえる社交ゲームである。その他数え上げればきりが無いほどゴルフの効用は多い。しかしながら、本当のゴルフの効用を追及するとゴルフがメンタルゲームであることの中に存在しており、発祥に時代から今日まで欧米社会、特にプロテスタント国で活用されてきた効用に着目しなければならない。プロテスタント国とはイギリス、アメリカ、オーストラリア、ニュージーランド,カナダ、南アフリカ、ドイツ、オランダ、ベルギー、デンマーク、スウェーデン、ノルウェー、フィンランドなどゴルフが積極的に学校教育や社会教育に導入されている国々である。これらプロテスタント国が何ゆえにゴルフの効用を教育に活用しているかを考えてみると、ゴルフの効用イコール教育効果であることに気が付く。
我国の戦後教育は画一的知識教育に偏重し、宗教思想、倫理道徳、知性感性の精神教育を排除してしまったという歴史的過ちを犯している。画一的知識教育への偏重は国民の精神基盤を蝕み、家庭や教育現場の荒廃を生み、国家の衰退を招く恐れすらある。人間の精神基盤は単なる知識の習得だけで簡単に形成できるもではなく、実践的な体験や訓練を通して初めて培われる。ところがプロテスタント国は民主主義国家でありながら、難しいとされる精神教育をゴルフの効用を用いて実践してきた歴史がある。ゴルフは闘いのうちに倫理道徳を学び、遊びのうちに知性感性を養う究極のメンタルゲームであるから、エチケット・ルールを重視し、自己審判によってゲームを進めるならば、ゲーム自体がメンタルスタディ・メンタルトレーニングの教育プログラムになるという特性を持っている。それゆえゴルフをすること自体が情操教育であり精神鍛錬であることを理解しなければ、ゴルフはやはり贅沢な遊びであり社交の手段であって娯楽の域を出ることはできない。飛距離とスコアだけが関心事である日本のゴルフ環境の中では、メンタルサイエンスが緊張をほぐし集中力を高める範囲の研究に終ってしまう。ゴルフの特性と効用が正統に理解されない限り、欧米と日本のゴルフカルチャーギャップは容易に埋まらないに違いない。
ゴルフの本質に遡って考えたとき、教養ゴルフと商業ゴルフではメンタル性の意味が全く異なり、私たちとしてはプロテスタント国の人々が、ゴルフを青少年の教育手段として普及発展させてきたことを参考にしなければならないだろう。一言にメンタル性といっても、プロゴルファーが生活の掛かった莫大な賞金を意識して精神異常に陥るメンタル性と、青少年がスコアをごまかして良心の呵責に苦しむメンタル性とでは余りにも次元が異なる。ゴルフは本来、実に質の高いメンタルスタディでありメンタルトレーニングでもあることに注目したい。
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