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National Golf Foundation College Textbooks
THE GOLF FUNDAMENTALS
-  ゴルフ基礎原論  第一部 ゴルフゲーム  -
第五章 サイエンス
Section 4 デジタルサイエンス

デジタルサイエンス-Digital Science-の領域はコンピューターの発達やパソコン・ケイタイ・スマートフォンなどの普及によって無限に拡大し続けている。数字で情報処理できるものは次々とデジタル化されデジタル時計、デジタルカメラからデジタルマネジメント、デジタルクリニックなどと留まるところを知らない。米国ではゴルフの世界でもデジタル化が進み、その進化は目覚しい。経営マネジメント分野のデジタル化は当然のことながら、ゲームマネジメントやハンディキャップ分野のデジタル化が1980年代以後に急速に進んだが、米国ゴルフ界の人たちは他の業界に比較して10年以上遅れていることを嘆いている。日本のゴルフ界は80年代以後、崩壊と低迷を繰り返しているのが実情で、ほとんどの人がゴルフのデジタル化だのデジタルサイエンスといってもピンとこない。しかし世界は着実にデジタル化が進んでおり、日本だけが進化に遅れをとっているわけにいかないはずだが、構造変化が求められる日本では未だに業界ぐるみの取組みや業界団体主導体制に依存していて、改革や進化の兆しは一向に見られない。
デジタル化の急速なウェーブは、第三次産業革命とも言われる通信情報革命によってもたらされたもので決して一過性の現象ではない。デジタル化に遅れたものは世界に進出することは勿論、日本で活躍することも難しいと考えなければならないが、デジタル化すれば必ず進化すると考える軽率な判断は間違っている。人間の存在や生活実態は社会がどんなに進化しても、決してデジタル化することはできない永遠のアナログ世界であることに変わりはない。

ハンディキャップのデジタル化

ハンディキャップは1970年代以後、米国USGAを中心として急速にデジタル化していったが、その背景は概念及び機能が三つの側面で変化していった跡が窺える。

 

(1) 静態概念(アナログ評価機能)
ゴルフのキャリヤや実績を含めて第三者が客観的に評価したプレーヤーの技量評価概念。通常は所属クラブのハンディキャップ委員会が、提出されたスコアと競技実績を評価して決定する。ゴルフ協会加盟クラブは協会規約に準拠して査定するが、非加盟クラブは独自の査定基準を設けて査定している。この概念は日本の伝統技芸の段位に類似するものであり、競技力だけでなく実績や人格まで含んだ総合評価によるから多分に名誉概念も含まれ、固定的であるため現実の競技力を表す機能に欠ける。このハンディキャップ概念には階級意識や差別意識を生む機能もあり、とかく聖域ができやすい点からも保守的といえる。

 

(2) 動態概念(デジタル計測機能)
地位・身分・経歴など恣意性が介入する要因を一切排除したリアルタイムの競技力を示す技量評価概念。難易度の異なるコースを偏差値評価し、各スコアを客観評価するフォーミュラによって計算した結果を時系列に並べ、直近上位成績の平均値を以ってプレーヤーの実力をデジタルに表す技量評価方法。USGA(米国ゴルフ協会)がこのシステムを開発し1998年6月より日本を除く世界各国が採用して、世界共通ハンディキャップ制度が確立した。この実力評価数値をハンディキャップ・インデックス-Handicap Index-と呼び、従来のハンディキャップとは異なる概念としてグローバルスタンダード化された。

 

(3) 調整概念(マネジメント戦略機能)
マッチプレーならば対戦相手、ストロークプレーならば挑戦コースとの対戦条件を調整する数値概念。実力差のある対戦者が、互角の勝負ができるようゲーム戦略上のストローク調整を行い、ゲームを有効にマネジメントするうえで必要な重要機能。USGAシステムはハンディキャップ・インデックスを有する全てのプレーヤーが、世界中どこのコースと対戦しても常に互角の勝負ができる環境を整えた。コースの難易度偏差値をスロープレート-Slope Rate-という概念で表し、プレーヤーの技量偏差値を-Handicap Index-という概念で表すことによって、コースハンディキャップやホールハンディキャップという概念が生まれ、ゲームを戦略的にマネジメントするうえで必要な機能となった。

マッチプレーは人と人の勝負だからデジタル化する要素は少ないが、ストロークプレーは人とコースの勝負であることから、情報通信革命の波に乗って一気にデジタルサイエンスが進んだ。1970年代まではハンディキャップ概念も静態概念に従ってアナログ評価していたが、米国のディーン・クヌースやリチャード・ストラウドらによって動態概念が提案されるようになり、USGAも委員会を設けてコースレートとスロープレート、ハンディキャップインデックスとコースハンディなどの研究に取組み、デジタルサイエンスを進めている。1998年には世界共通ハンディキャップ制度を実現し、ストロークプレーやトーナメントを決定的におもしろくした。イノベーションに乗り遅れた日本は、デジタル化によって世界のゴルフがどのように変わったか知る由も無く、1970年代以前の旧態ゴルフに甘んじている限り、有能な若者を国内に留めることもアジアのゴルフ大国を維持することも難しくなるに違いない。

デジタルマネジメント

ゴルフにマネジメントという概念が導入されたのは、やはり1970年代であってさほど古い話ではない。本格的なコンピューター社会が始まり、ゴルフの世界にも数値を使った統計確率論や数値管理論が育ってきて、経験や勘による勝負の世界から統計やデータを使ったマネジメントの世界に移行していった。PGAのホームページにアクセスすると、STATS;Statistics=統計と称する世界上位200名のトッププレーヤーたちのデータが並んでおり、実力や個性あるいは潜在パフォーマンスを数値で判断できるようになっている。数値は正確にこれらの判断要素を表わしており、デジタルサイエンスの威力を痛感させられる。
ストロークプレーが基本的に確率のゲームであることは多くの人が指摘するところであるが、PGA STATSとトーナメント成績を見比べれば動かしがたい事実として納得できよう。成績を見る限りPGAツアーというロングランの競争社会に勝ち残ることと、獲得賞金によって生活する厳しさはデジタルマネジメントなくしてあり得ないことがよく分かる。スコアメイクの領域でデジタルサイエンスを本格的に進めたのはNASA出身のデーブ・ペルツとも言えるが、ペルツはゴルフの達人や名人ではないし、PGAプロフェッショナルでもない。徹底した確率論に基づくゴルフ技術研究者である。どちらかといえば生産技術の科学的管理法を確立したフレデリック・ウィンスロー・テイラーに似た技術研究者といえる。
ペルツの指導は徹底しており、どんなに技術的に優れていると思われる方法でも成功確率が低ければ採用しない。あるいは確率が良くなるまで他の方法と比較検討させる。まさにワイレン博士の「法則原理選択の理論」に基づきメソッドを確率によって選択する戦略論である。ペルツにとってスタイル格好はどうでもよく、追求する目標は成功確率であるから職人技やプロ技術が選択されない場合も多い。NGFが徹底してSimple & Easyを選択基準にしたのに対し、彼の場合は成功確率の高さが選択基準である。常に勝負に勝つことが最終目標であり、そのために何を選択すべきか徹底した目的合理主義である。だから一般ゴルファーより上級者のアスリートやツアープロを対象にしているといえるかもしれない。彼の著書「Dave Pelz`s Short Game Bible」は429頁の大作だが、内容はデータ、図表,グラフが満載された科学書である。ゴルフに関するデジタルサイエンスの粋と評して差し支えないであろう。
デジタルマネジメントの概念は、ディーン・クヌースらを中心としたコースやハンディキャップに関するデジタル研究と、デーブ・ペルツらを中心としたプレーメソッドやゲーム戦略に関するデジタル研究が相乗して確立してきたものと考えられる。極めて科学的であり合理的ではあるが、同時に極めて高度なゲーム戦略論でもあり、メンタルサイエンスにも似て、一般アマチュアプレーヤーの趣味や球戯の領域を超えた勝負の世界の厳しい現実論にも思える。

デジタルマネジメントの一般化

科学技術の進歩は専門化と大衆化の二極に分かれる傾向がある。コンピューターやIT技術がよい例で、高度な専門技術分野と大衆生活分野がはっきりしていて、専門分野で開発された技術が商品化され大衆の日常生活に浸透してくる。ゴルフのデジタルマネジメントもその段階に入ってきたようで、大衆ゴルファーも本能の赴くままにクラブを振り回していては、何の結果も進化も得られないことに気付き始めたようである。非力な女子プロが一般男性より、遥か遠くへ正確にボールを飛ばし、生涯及びも着かぬスコアでプレーしている姿に何も感じない訳は無い。プロといえどもフェアウェイを外せば初心者並みのスコアになることを目の当たりにし、マネジメントの良し悪しについて解説する言葉を耳にすれば、マネジメントの大切さや確率論の重要性に気が付かないわけがない。プロもマネジメントを誤れば私たちと同じ結果になるが、私たちはどのようなマネジメントをすればプロと同じような結果が出せるか、素朴な疑問を抱くことから進歩が始まる。
デジタルマネジメントもスコア記録を付ける素朴な作業から始まるが、スコアやパット数などの数字の集積管理がデジタルマネジメントの第一歩で、数字やデータはいろいろな事実や実体を驚くほど明らかに説明してくれる。一般大衆ゴルファーが自分自身の平均スコアやパット数を把握していることは先ずないし、フェアウェイキープ率やスクランブルレート(寄せワン率)に関心すら抱いていない。ハンディキャップインデックスなど言葉の意味や概念すら知らないが、現代社会の大衆は驚くほど知的好奇心が強いうえ理解力があるから、一端知れば忽ちのうちに一般化してしまうであろう。
現在、日本のゴルフはあらゆる面で世界の水準から遅れをとっているが、その理由は情報鎖国によるものである。知ればすぐに理解できることも、知らなければ何も理解できない状態を情報鎖国というが、能力の欠如ではなく情報の欠如によるだけに、情報開示によって一気に遅れを取り戻せるだろう。デジタルマネジメントはあらゆる分野で利用され普及しているだけに、日本のゴルフ界に浸透した後の展開が楽しみである。