- ゴルフ基礎原論
- 目 次
- 第一部 ゴルフゲーム
- 要 綱
- INTRODUCTION
- 第一章
フィロソフィー - 第二章
セオリー - 第三章
メソッド - 第四章
ゲーム - 第五章
サイエンス - INTRODUCTION
- -1 フィジカルサイエンス
- -2 メンタルサイエンス
- -3 ロジカルサイエンス
- -4 デジタルサイエンス
- -5 飛距離に挑戦する
科学技術開発 - -6 科学技術開発と
人間能力開発 - 第二部 ゴルフマネジメント科学
THE GOLF FUNDAMENTALS
- ゴルフ基礎原論 第一部 ゴルフゲーム -
Section 5 飛距離に挑戦する科学技術開発
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遠くに飛びたい、遠くに飛ばしたいというのは人間の本能ではないかと思うことがあるが、ゴルフに関する限り本能と考えた方が間違いない。男女を問わず子供から年寄までボールを遠くに飛ばしたときの嬉しそうな顔が全てを証明している。ワイレン博士の論文は全ての人が持っているこの本能を刺激する商品開発に拍車をかけた。「誰が打ってもボールは物理法則に従って飛ぶ」。この単純明快な理論は先ず最初にメーカーの商品開発意欲を刺激し、次に技術者の研究開発意欲を刺激したと考えられる。日本のメーカーはもっぱら米国一流ブランドの模倣に明け暮れていたが、歴史やブランドに関係なく「誰が打っても飛ぶクラブ」を開発すれば飛ぶように売れることに気が付いてからは、日本のメーカーと技術者は一気に活気付いた。ソフト開発は苦手だがハード開発は得意とする日本人に「誰が打ってもボールは物理法則に従って飛ぶ」というソフトウェアは目から鱗の大ヒントになったはずである。
飛距離はヘッドスピードに比例する。角速度はシャフトの長さの二倍に比例する。角運動量は角速度と慣性モーメントに相乗する。ワイドフェースは打点位置に影響され難い。中空ヘッドは軽量化とワイドスポットに有効。低重心は高弾道を生む。等々新たな開発テーマが提起され新商品を生み出した。創造力は乏しいが改善力はずば抜けた日本人にとって、改良品を造らせたら天下一品である。電化製品、精密機器、工作機械、鉄道車両、クルマ、バイクどれをとっても世界一級品ばかり。ゴルフクラブが仲間入りするのは時間の問題だった。
シャフトの軽量化
クラブの進化という点ではシャフトの開発が最初と思われる。ヒッコリーシャフトからスチールシャフトへの変化は、ゴルフに多大な影響を及ぼしたといわれている。スチールシャフトの特徴はヒッコリーシャフトに較べてトルクつまりシャフトのねじれが格段に少ないことである。写真や絵画で分るとおりスチールシャフトの出現はスイングフォームを根本的に変えることになった。しかし、このスチールシャフトも1970年代までは製造技術の遅れから製品にバラツキが多く、同じ製造工程から均質の製品がつくられる保証は全く無かったそうである。
大量に製造されたシャフトを一本一本計測し、根元を固定し先端に錘を下げて、シャフトのたわみ具合によって硬さを決めSS、S、R、RRなどに分類していた。また更に硬さを微調整し、キックポイントを調節するために元切り先切りなどといって、シャフトの太い方を切るか細い方を切るか好みに合わせていた。一般にはシャフトが硬くても柔らかくても、バランスが重くても軽くても、クラブがあれば贅沢は言えず自分のクラブに合わせて、ひたすら自分のスイングを調整していた時代が続いた。
やがてカーボングラファイトを使ったシャフトが出現し軽量化の波が押し寄せてからは、一気にスチールシャフトの人気が無くなってスチールシャフトの時代が終ったかに見えた。しかし技術開発はスチールシャフトの軽量化を進め、製品性能を格段に高めてゴルファーから見直されるようになった。そのうえカーボンシャフトは製造に手間がかかるうえ、素材不足による原価高騰と相俟ってスチールシャフトが復活する時代が到来したようである。
歴史的に見るならば新素材開発と素材改良がシャフトの軽量化と性能向上を生み、スイングにも多大な影響を与えたと見るべきではないか。カーボンシャフトの開発はシャフト重量を50%近く軽量化しインパクトの衝撃を大幅に緩和することに役立っている。スチールシャフトの改良はシャフト重量を20~40%軽量化しただけでなく、トルクやしなりなど距離方向に影響する要因の精密度を一段と向上させた。シャフトの軽量化は女性や高齢者の飛距離向上に役立ち、精密度の向上は上級者やプロの正確性向上に役立った。
ヘッドの改良
クラブはゴルフにとって生命とも言うべき大切な道具であるが、構造はいたって簡単、ヘッドにシャフトにグリップの三点セットで成り立っている。だからシャフトの改良に平行してヘッドの改良も盛んに行われた。ヘッドの改良で注目すべきは金属製中空ヘッドの発明と開発といえるのではないか。木製ヘッドの時代が長く続いて、パーシモン(柿材)が一世を風靡していた頃は天然素材の良否が全てを決め、次に削りと塗りの技術が道具としての価値を高めていた。出来上がりの素晴らしいヘッドの付いたクラブは、実戦用具というより伝家の宝刀のようにコレクターの手によって大切に愛蔵されることが多かった。一般ゴルファーは、合板といわれる張合わせの人工素材ヘッドを使ったクラブを使う人が多かったが、性能としては合板が優れているといわれながらも、日本のゴルファーが合板ヘッドを嫌ったのは、自然の木に異常な愛着を抱く民族性の違いかもしれない。
1980年代に入ると徐々に金属ヘッドが世に出始め、90年代に入ると逆に木製ウッドを凌駕しはじるようになった。人間の感覚とは不思議なもので、最初の頃は耳障りだった金属製の打球音が、慣れてくると今度は木製音が頼りなく聞こえるようになる。2000年に入ると400CC以上の大型金属ヘッドが主流になり始め、従来のヘッドが小さすぎて貧弱に見え始めるから不思議である。このように僅か三点の部品でできたクラブが、原形を留めぬほど変容し姿を変えたのは、単に科学技術の進歩だけで片付けられない理由があったように思える。
1980年代の米国経済は不景気のどん底にあって、多くの有名ブランド会社や名門コースが買収され、クラブヘッド同様に経営ヘッドが交代していった事実がある。MacGregor、Wilson、Spaldingの御三家は悉く買収されクラブ職人たちは解雇された。変わってCobra、Taylor Made、Callawayの新興御三家が台頭し、クラブヘッドの形状は一変した。毎年ニューモデルを発表しゴルファーの購買意欲を掻き立てなくては業界がもたないという切実な現実を背景に、米国の消費文明に便乗したのである。英国のようにいまだ親子三代にわたり伝来のクラブを使用されては産業が成り立たない。米国型科学ゴルフと英国型伝統ゴルフは1980年代を境に明確に分離していったと考えて良いのではないか。
90年代に入るとバブル経済の崩壊によって日本のゴルフ産業も不景気のどん底に陥るが、ハードの改良ならゼロ戦開発以来のお家芸とばかりに、日本のクラブメーカーは一気に攻勢に転じ、かつ活気づいた。クラブをオートバイやクルマのようにマシーンに見立て、飛距離や正確性を追求して新製品を開発するとなれば日本に敵う国は無い。忽ち日本製クラブは世界の人気製品となり米国市場をも席巻していった。やがてクラブはオプションギア化してプレーヤーに選択される道具やマシーンのように考えられるようになった。今やクラブヘッドは精密機械のような姿となり、中にはハイテク機器がびっしり詰まっているかに見える。実際の中身は空洞に変わりないが、メーカーの説明によれば科学技術や理論がびっしり詰まっているという。果たしてその技術や理論に一般ユーザーはついていけるものか多くの疑問は残されている。
科学技術VS.伝統精神
科学技術による用具の開発によって、クラブの飛距離は驚異的に伸びたことは事実だが、それを喜んでいるのは高齢者に女性及び距離コンプレックスのあるアベレージゴルファーであることも間違いない。更に喜んでいるのは新興クラブメーカーであることも間違いないが、この無限の飛距離競争に苦言を呈する一大勢力があることを忘れてはならない。英国R&Aを中心とする伝統精神ゴルフを大切にする守旧勢力である。英国伝統精神派からすれば神の審判に基づく神聖な闘いの場に、商業主義や科学技術を持ち込み、自然を制覇しようとは何たる不遜と映るのである。実際にクラブの飛距離開発とコースの改造開発は泥沼の様相を呈しており、飛距離を商品化して利益を上げようとする商業主義の挑戦に対して、安全性や伝統精神を保護するための改造工事に莫大な経費を強いられる伝統主義の対決は、どこで決着するか目が離せない。セントアンドリュウスの現地を見れば、もう1ヤードたりとも距離を伸ばす余裕が無いうえ、設計を変更して大改造すれば聖地の原形を失うことも確かである。クラブの飛距離が無限に伸びてゆけば、やがて聖地はショートコース同様となって伝統競技場の資格が失われるかもしれない。
この科学技術と伝統精神の際限のない対決は、R&AだけでなくUSGAにもある。R&AとUSGAの思想的な違いは、R&Aが保守主義で対決しようとしているのに対し、USGAは改革主義で対決しようとしている点である。既に述べたようにUSGAは1970年代からコースレートとハンディキャップの改革を始めており、プレーヤーが科学技術を駆使して挑戦してきても、科学的なコース設定によってアンダーパーを出させない管理技術を開発している。米国メジャートーナメントで、世界のトッププレーヤーがイーブンパーで優勝する管理システムは、プレーヤーとコースの科学技術対決なのである。しかしこの対決はコース側に莫大なコストが掛かり既に限界を超えているから、今後は対決を断念するコースが多くなるのではないかと思われる。
1998年に世界基準となったUSGA基準によれば、男子スクラッチゴルファーの第一打は250ヤード、女子210ヤード、男子ボギーゴルファー200ヤードであるが、現在では男子であればボギーゴルファーでも300ヤードを越し、女子でも250ヤードを越すものがいる。これではゴルフコースが射撃訓練場と化して危険極まりないばかりか、ゲームの戦略性が失われてつまらない遊びになりかねない。R&AとUSGAが世界の統一ルールを決めることになっているが、果たしてどのような裁定を下すであろうか。
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