- ゴルフ基礎原論
- 目 次
- 第一部 ゴルフゲーム
- 要 綱
- INTRODUCTION
- 第一章
フィロソフィー - 第二章
セオリー - 第三章
メソッド - 第四章
ゲーム - 第五章
サイエンス - INTRODUCTION
- -1 フィジカルサイエンス
- -2 メンタルサイエンス
- -3 ロジカルサイエンス
- -4 デジタルサイエンス
- -5 飛距離に挑戦する
科学技術開発 - -6 科学技術開発と
人間能力開発 - 第二部 ゴルフマネジメント科学
THE GOLF FUNDAMENTALS
- ゴルフ基礎原論 第一部 ゴルフゲーム -
Section 3 ロジカルサイエンス
ロジカルサイエンス-Logical Science-は一般的にいう論理学のことで、経験的に知られている事柄や、曖昧な知識概念などを整理統合して体系化し、法則定義などに従って明確にしていく科学をいう。ワイレン博士、コットレル博士が行ったのはまさにロジカルスタディで、本書の目的もロジカルスタディといって差し支えないのではないか。
ゴルフ界は名人、達人、強豪たちが我こそはとばかり自らの経験を語る百家争鳴の世界で、ミラクルな話を聞けば聞くほど無限の混乱に陥る恐れがあった。例えばフェード打ちのベン・ホーガン、ドロー打ちのサム・スニード、ストレート打ちのバイロン・ネルソンの説を聞いて理解し、三者三様の技を使い分けられる人がいたら、その人は三強豪を抜く天才に違いない。実際には全く不可能なことで、三人とも個人的体験談やフィーリングを語るものであるから、聞いておもしろくタメになったとしても決して復元・再現できるものではない。ワイレン博士の「法則原理選択の理論」が優れているのは、古今東西の名人達人たちが言ったりやったりしていることを整理統合し、全体に共通する点を原理として導き出そうとしたことと、弾道はインパクトの瞬間においてクラブフェ-スとボールが衝突したときの物理原則に従うもので、プレーヤーのパーソナリティとは何の関係も無いことを明らかにしたことである。更に名人達人たちが雄弁に語る方法論は、全て本人が信念を以って真髄と確信する個性であって、他人が簡単に真似したり盗んだりできるものではないことを明らかにし、方法選択の問題として理論化したことである。
ゴルフが伝統文化であるならば技術も文化である。文化は後世に伝達できる形で遺されなければならない。茶道や柔道が世界に普及したのは日本の伝統文化として世界に伝達できる形で遺されていたからで、それはとりも直さずロジックがしっかりしていたことを意味する。第二次世界大戦後、ゴルフが欧米日本を中心に世界的に普及した背景に経済復興がある。しかし、それはあくまでも背景であって本当の理由はロジックがしっかりしていたことによる。ゴルフは伝統的大衆文化であるから、経済力の無い青少年や年金生活者が夢や生甲斐を託して楽しむものでなくてはならない。ロジックがしっかりしているからこそ将来や余生に夢が画けるので、逆にロジックがしっかりしていないと親の経済力、社会の批判、年金支給額に左右されて夢が夢に終る。欧米諸国のジュニアやシニアが500円程度で一日中ゴルフを楽しめる環境にあるのは、ゴルフが青少年や高齢者あるいは社会にとって如何に大切なものであるかというロジックがはっきりしているからである。日本では都心公営ゴルフ場で週末休暇にプレーすれば、お年玉・派遣週給・月次年金が吹飛ぶ。ゴルフ文化に対するロジックが確立していないから、地域社会や市民に有益なゴルフ場を提供しようという地域行政が生まれない。これら全てロジカルスタディの欠如による。
ゴルフの文化性
日本ではときどき「ゴルフは文化である」と言う言葉を聞くようになったが、欧米では余り聞かないのは何故かといえば、余りにも自明の理であって今さら語るに及ばないからである。文化とは何世代にわたって「人生を豊かにし人間を向上させるもの」として大切に受け継がれてきたことをいう。欧米の人たち、とりわけプロテスタント国の人たちはゴルフが如何に青少年の倫理道徳教育に役立ち、人々の余暇や老後を豊かにしたかを何百年にわたって実感してきたからこそゴルフを文化として大切にし、誰もが利用できる環境を整えてきたのである。ゴルフが文化であることのロジックが明確に確立しているから、今さらゴルフの教育効果や福祉効果について論議し争う必要が無い。学校・病院・公園と同様に今さらあらためて社会的意義や効用を問い質す必要が無いのである。日本はこれからゴルフの社会的・教育的効用を検証し、ロジカルスタディを重ねてゴルフの持つ高い文化性に対するロジックを確立しなければならない。
日本のゴルフは今でも国際社会から大きくかけ離れた存在のうえ、基本的に日本の社会はゴルフを健全なスポーツと見ていない。高額会員権に支えられる接待ゴルフ体質や、高額料金に支えられる遊興体質が残されているため、誰の目にも決して健全には映らない。環境が不健全のままでゴルフに文化性を求め、ゴルファーに紳士道を要求しても、もぐら叩きのようにして次々と不健全性が現れて留まるところを知らない。ゴルフ文化に対するロジックが明確になれば、社会の受入れ体制もおのずから変わるし、ゴルフに対する取り組み姿勢も運営方針も変わってくる。最初のロジックが曖昧だと「なぜ子供がゴルフをするのか」「なぜ娯楽施設利用税が課せられるか」「なぜエチケットにやかましいか」などの素朴な疑問に対してすら何ひとつ明快な回答が出せない。何事によらず社会に受け入れられ、人々に大切にされなければ文化になりえないのだから、先ずは行政機関や業界団体の人たちが専門家を交えて、しっかりしたロジカルスタディをする必要がある。
ゲームの概念
ゴルフほど単純なゲームはない。三歳児でも一度教えられればすぐ覚えて一人で遊べる。「棒でボールを打って何回で穴に入るか競走しよう。途中で絶対ボールを触ってはいけない」。これだけで三歳児もゴルフゲームを完璧に理解する。なぜ子供でも理解できるかといえばロジックが明快だからで、人間は成長するに従ってロジックを曖昧にし、複雑にしたがる習性があるようだ。第四章ゲーム論でゴルフゲームに対するロジックが明確になるよう努めたが、それはプレーヤーが自信を持ってプレーに集中し、自分のパフォーマンスを発揮するために不可欠な要件だからである。三歳児も自分が何をすれば良いか、よく解らなければメチャクチャし始める。大人といえども同じことで、何をすれば良いかよく解らないからメチャクチャしているのである。このゲームは誰と何を競い合うのかロジックが明確になれば、目的と手段も明確になり自信を持ってプレーに集中することができる。極めて当たり前とも思われることをするのがロジカルスタディで、科学や情報が発達した現代の意外な盲点になっているかもしれない。ゴルフは飛距離を争わない。弾道を評価しない。使用クラブを問わない。攻略ルートや方法を問わない。対戦相手は何もしない。ボールは物理法則に逆らわない。打数は少ないほど良い。このようなゲームに対するロジックを明確にし、ロジックどおり実践している人を名プレーヤーと言っているようだ。
ロジックがしっかりしている人は余計なことに惑わされず、目的に対して最も合理的な方法で臨むために無駄が少ない。こういう人を世間は達人とも言う。達人は名人と異なり理念・名声・賞賛・報酬などに惑わされることなく、専ら自分のロジックに従って合理的に淡々と仕事をこなす。達人が職業化すると職人になるが、この人たちは実によくロジカルスタディをしていて、必ず自分の技や仕事に対して一家言もっており、大概それがその人のロジックとなっている。しかし、この人たちのロジックが往々にして自分自身の長い経験から導き出された主観によるため、本人だけが理解し本人だけが実行できる業であることが多い点は気をつけなければならない。先にも触れたとおり、このロジックは他人にとって理解しがたく、簡単に復元再現できない技なのである。
ロジカルスタディに必要なことは客観的な分析や研究をもとに、自分自身の言葉で考えを整理し吸収することにある。例えばゲームに関して「ストロークプレーはコースのパーに対する挑戦」という達人のロジックがある。達人のパーはスコアカードに書いてあるパーと同一だが、ハンディキャップ18前後のボギープレーヤーや36前後のダブルボギープレーヤーにとってのパーとは根本的に異なる。だからスコアカードに表記されるパーはボギープレーヤーにとってバーディーだし、ダブルボギープレーヤーにとってはイーグルに当たる。如何なる達人といえども全ホールでバーディーやイーグルに挑戦しているおめでたいプレーヤーはいない。こういう人は絶対に達人にならない。達人や職人は自分の経験に自信を持っているが、同時に技量の限界も知っているから無謀なチャレンジはしない。バンカーショットやアプローチにパターを使うこともあるが、自信が無いからではなく安全確率が高いことを知っているからである。ティーショットにスプーンやアイアンを使うのも、度胸が無いからではなくフェアウェイを外したときのリスクを熟知しているからである。それも僅かな風速風向に加えその場の心境や状況まで考慮して決断しているから、本人以外の第三者が理解し復元再現できるものではない。このようにゲームに対する概念は技量経験の差でロジックが異なることを研究するロジカルスタディによって明確になり、そこから初めて自分自身のロジックが生まれてくるものと考えられる。
スイングの概念
スイングほど難しい概念はない。子供や初心者にスイングを教えてみればすぐ分かるが、どうしても言葉で説明がつかないのである。自分でスイングして見せるしか方法がないので「学ぶより真似よ」といって教えることになる。お陰で中高年ゴルファーは、みんな父親か先輩と同じスイングになってしまった。映像メディアが発達した現代は、世界トッププレーヤーのスイングを見て育つから美しいスイングを身に付けている。特に10代までは左脳より右脳が発達しているからすぐ真似することができる。世界的に若いプレーヤーが台頭してきたのは、メディアの発達によるところが大きいと思われる。それは大変結構なことで映像による学習効果が高いことは科学的にも証明されていて、文字言葉の伝達力が7%であるのに対し、映像伝達力は87%という研究報告もあるくらいで今後益々進化するだろう。映像効果は昔から「百聞は一見にしかず」という諺に残るほど確かな事実ではあるが、逆効果があることも気を付けなければならない。例えばタイガー・ウッズのスピードとパワーのあるスイングは、反復練習とトレーニングによって鍛え上げられた肉体を以ってして可能なことで、中高年者に真似のできることではない。真似ができたとしてもろくな結果は生まれない。
ワンスイングの現代ゴルフは、スイング一定・テンポ一定を基本原則にしているから、速いスイングテンポがイメージに残ると速打ちの原因となり一定のテンポを維持できなくなる。また速いスイングは一気に体重移動を行うために、どうしても左膝に負担がかかって損傷を招きやすい。このように視覚効果の反面性を修正補完するのがロジカルスタディで、難しいスイング概念をロジカルに整理し、明確に左脳に記憶させるならば年齢が高くなっても安定したスイングを維持することができる(ゴルフマネジメント科学第一章 Section 3 マインドコントロール-大脳生理学-参照)。
人は加齢と共に左脳が発達し右脳が衰えるようだが、もしそうならば一層のこと難しいとされるスイング概念を明確なロジックで整理し、左脳に記憶させておく必要があるだろう。
「ゴルフスイングは体とクラブで行う振り子運動の一種で、距離と方向に影響を及ぼす6つの物理原則に従う。」
「スイングのムーブメントとなる体は、無理のない合理的なスイングに必要な4つの生体原理に従う。」
「ボールはインパクト時の物理原理=飛球法則によって9種類の弾道に打ち分けられる。」
このように明確なロジックでスイング概念を理解しておかないと練習不足やスランプのとき、あるいは長期のブランクがあったとき簡単に戻らない。更に明確なロジックをもっていないと、レッスンを受け新聞雑誌の記事を読むほど概念が不明瞭になり、一層の混乱と低迷を招く危険がある。先にも触れた通り達人や職人の技は経験によって培われたもので、本人以外真似のできないワザでありフィーリングなのである。ましてそれが文字言語で書かれたレッスン記事であれば理解すらできないはずである。
ロジカルスタディとは新聞雑誌のレッスン記事を読み、経験談や解説文を研究することではなく、普遍的な原理原則に基づいて自分の考えや方針をロジックとして構築することで、文書に書こうが言葉で表わそうが不動の理念として自分を支えるだけでなく、第三者に対する説得力も持つものである。ロジカルスタディは技術力や競技力を高めるだけでなく、生涯スポーツとして奥を極めるためにも必要であるといえよう。